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ストーカーが仕掛けてくる永続的な恐怖を自ら克明に記録。同じ境遇にある人たちの助けにも―内澤 旬子『ストーカーとの七〇〇日戦争』武田 砂鉄による書評

7/17(水) 6:00配信

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◆恋愛が狂気に 固定概念を破壊

東京から小豆島に移住し、真っ白いヤギと暮らす日々。マッチングサイトで出会った香川県下の男性Aと八カ月間交際後、Aがストーカーと化してしまう。

大変そうだけどよく聞く話、と少しでも思った人は、読後、猛省することになる。Aの名前は偽名、前科も発覚する。五分おきにくるメッセージで、「島に行ってめちゃくちゃにしてやる」などと脅かされる。友人や仕事先に連絡し、悪評をばらまくと繰り返すA。警察にかけこむも、SNSのやりとりは処罰できないと言われてしまう(二〇一七年のストーカー規制法改正でSNSも「つきまとい等」に含まれるようになった・事件発生は一六年)。

マッチングサイトへの偏見が警察官の意欲を削ぎ落とす。Aは反省したそぶりを見せては開き直る。「自分の身を守るための保障を得ようとすればするほど、Aの怒りが、私への憎悪が、倍増する」という、悪しきスパイラルに苦しむ著者。

島という土地の閉鎖性、インターネット事情についての情報がいつまでも更新されない警察の姿勢、どれだけ制御しようとも身勝手な言動を続けるA……いくつもの手を打っても、その度に覆され、潰されていく。直接連絡を取ることが禁じられているAからの「連絡をとりたい」という希望を弁護士はそのまま伝えてきた。著者がひねり出した「必死の思いで建てたダムに、施工業者自らに穴をあけられたような気分」との表現の痛切さが響く。

神経が衰弱していく様を自ら克明に記録したことで、ストーカーが仕掛けてくる永続的な恐怖を知る。ストーカー殺人が起きるたび、なにか特別な事情があったんじゃないの、と被害者の素性が探られる世間がなかなか変わらない。恋愛が狂気に変質する瞬間は捉えられない。本書は、同じ境遇にある人たちの助けになると同時に、ストーカー事件を恋愛のもつれで済ます部外者の固定観念を壊してくれる。ただただ怖い。

[書き手] 武田 砂鉄
1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。 著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。

[書籍情報]『ストーカーとの七〇〇日戦争』
著者:内澤 旬子 / 出版社:文藝春秋 / 発売日:2019年05月24日 / ISBN:416391028X

朝日新聞 2019年6月15日掲載

武田 砂鉄

最終更新:7/17(水) 6:00
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