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藤田弓子、同じオーディションに吉永小百合が!諦め帰ろうとした時…言われた一言

7/17(水) 7:02配信

テレ朝POST

NHK連続テレビ小説『あしたこそ』のヒロイン役で人気を集め、元気ハツラツの明るいお母さん役がピッタリの藤田弓子さん。酒豪で知られ、かつては親友の太地喜和子さんが横綱、藤田さんは大関として女優の酒豪番付表にも乗ったほど。

1988年からは伊豆に住まいを移し、夫で放送作家の河野洋さんとともに劇団「いず夢(む)」を立ち上げ、地元の劇団員たちとともに、座長・演出家・看板女優としても活動。9月25日(水)からは「認知症介護」という重くなりがちなテーマをユーモラスに描く舞台『ペコロスの母に会いに行く』に主演する藤田弓子さんにインタビュー。

◆オーディションで小百合さんを見て「こりゃもうダメね…」と諦めたが…。

不二サッシの創業者の息子である父親を3歳のときに亡くした藤田さん。

藤田さんは、6歳のとき、祖父母も相次いで亡くなったのを機に生家を出て母親と二人暮らしを始める。ちょうど小学校に入学するときだった。芝(港区)で生まれて、神田で育った母親は、娘と二人で生きていくのは下町でと決めていたという。

幼い頃から母親譲りで好奇心旺盛だったという藤田さん。母親とは大の仲良しで、休みの日には一緒に映画館をハシゴして何本も映画を見ていたという。小学校5年生になったとき、『赤胴鈴之助』というラジオドラマが始まることになり、出演する男の子と女の子を一人ずつ募集することを知った藤田さんは迷わず応募することに。

「ラジオもよく聞いていたので、ラジオ局を見てみたいと思っていたんですよね。それでハガキを買ってきて自分で応募しました。一人でオーディションに行ったんですけど、一次審査、二次審査に受かって、『次は最終審査ですから親を連れて来てください』って言われちゃって。そこで初めて母に報告したら、『いいわよ』って二つ返事で来てくれました」

-お母様もとても好奇心が旺盛な方だったそうですね-

「そうです。最終審査に行ったら、女の子が一人いて、それが吉永小百合ちゃんだったの。もうめちゃめちゃキレイで可愛くてね。母と2人で『1人しか選ばないんだから、これはもうダメね。帰りましょう』って帰ろうとしたらラジオの人が飛び出してきて『弓子ちゃん、これはラジオですよ。ラジオ』って言って止められたの。ラジオだと顔が見えないからね(笑)。

小百合ちゃんは何て言ったって天下の美少女で、私ははっきりしゃべったのとマイクに乗る声だったんでしょうね。2人とも受かったんですよ。女の子も男の子も2人ずつ合格して役も増やして、その4人を主役にして3年間、月曜日から金曜日まで毎日夕方放送の連続ドラマ。土曜日に学校が終わってからラジオ局に行って収録。夜は母が迎えに来てくれました」

-まだ小学校5年生ですものね。小さい頃から朗読などは褒められていたそうですね-

「一人っ子で東京の山手の乳母日傘(おんばひがさ)のお嬢さんだったから、祖父母が亡くなって山手から下町に引っ越して、最初は面白くて面白くてしょうがないんだけれども、どうしても人見知りでね。

だけど、国語の時間に教科書を読ませられると、そんなおとなしいような子が誰よりもはっきり大きな声で読むので、みんながびっくりしたということがありました。すぐに下町に染まりましたけどね(笑)」

-そんななか、ラジオが始まって学校の反響はいかがでした?-

「学校に行くとみんなが面白がるのね。『ラジオに出ている子がここにいる』って言って(笑)。でも、そんなに特別扱いしなかったですよ。『ねぇねぇ、弓子ちゃん、明日の話はどうなるの?』なんて聞いてくる子もいましたけどね(笑)。連続ドラマだから続きが知りたいのね。

あれが録音だということがわかってないような子も結構いて、私が毎日ラジオ局に行ってやっていると思っていた子もいたみたい。友だちも先生方も応援してくれたし、普通に楽しい小学校生活でした」

-そして、中学、高校へと進まれて-

「そうです。小学生のときにラジオのスタッフに『将来どうするの?』って聞かれたときに『中学に行って高校に行きます』って言ってましたからね。小百合ちゃんはちゃんと『女優さんになります』って言っていて実際に女優さんになったときには『なった、なった』って拍手して喜んでいました。

小百合ちゃんの素晴らしさは良くわかっていたし、私は『女優さんとは小百合ちゃんのような人がなるものだ』と思っていたの。私はそれをうらやましいとかじゃなくて、全然違う子だと思って仲良くしていました」

3年間のラジオドラマの経験で表現することの面白さを実感した藤田さんは、普通に大学に進学することを考えていたという。だが、高校を卒業する頃、女優という道を選ぶことに。

※藤田弓子プロフィル
1945年9月12日生まれ。東京都出身。1956年~59年、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』に出演。1963年、高校卒業後、文学座に入る。1958年、NHK連続テレビ小説『あしたこそ』のヒロインに。1973年7月から1975年3月まで『小川宏ショー』(フジテレビ系)のサブ司会(アシスタント)をつとめる。

映画、ドラマに多数出演。映画『さびしんぼう』(1985年)でキネマ旬報最優秀助演女優賞を受賞。滑舌の良さと美しい声で海外ドラマや映画の声優や『連想ゲーム』(NHK)の女性陣チームの6代目キャプテンをつとめるなど幅広い分野で活躍している。

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最終更新:7/17(水) 7:02
テレ朝POST

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