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福岡市・中洲の商業施設に謎のランプ 百貨店「玉屋」閉店から20年…込められた思いとは

7/17(水) 9:37配信

西日本新聞

 ライブハウスやバー、書店などが入居し、外国人観光客も多く訪れる福岡市博多区中洲の複合商業施設「ゲイツ」。正面入り口に、近代的な建物とは少し不釣り合いなランプが二つあるのをご存じだろうか。特命取材班が調べてみると、かつてこの地にあった老舗百貨店「福岡玉屋」の外壁を飾っていた物だった。1999年7月15日の閉店から20年。レトロなランプは、今も中洲の町を静かに見守っている。

【写真】「残っているのは本当にうれしい」複合商業施設のランプ

 二つのランプは高さ4~5メートルほどの壁面にあり、見上げる人はほとんどいない。周りに色とりどりの店舗看板が掲げられており、余計に目立たない。

 このランプ、よく見ると植物のような繊細な曲線が彫り込まれている。そう、玉屋のシンボルマークのバラがモチーフ。「ランプは全部で14~15個あったでしょうか」。玉屋閉店当時の常務取締役で、自治組織、中洲町連合会の相談役を務める川原雅康さん(81)は振り返る。

25年に開業した福岡初の百貨店

 福岡玉屋は25年に開業した福岡初の百貨店。戦時中は空襲を受け、戦後間もない49年には「子どもたちに夢を」と屋上に動物園を開き、カンガルーやワニ、ゾウもやって来た。60年入社の川原さんは、食料品の洋酒売り場を振り出しに、経理や総務の仕事をこなした。

 玉屋には「薄利にて売り高増せ」という、社員たちが社内で使う”暗号”があったという。「はくりにてうりたかませ」の各文字を「123456789々(=おなじ)0」に対応させる。

 「10」は「はせ」

 「25」は「くて」

 「33」は「りま」

などとなり、売り上げ金額などを言い表していた。「『良い品をどこよりも安く』というコンセプトは、入社したときからずっと言われてきました」と川原さんは振り返る。

 ランプは73年の改装で設置された。前年、幹部が視察先のフランスで買ったランプを参考に、玉屋らしいデザインを施したという。夜も人通りが絶えぬ歓楽街。店が閉まった後も夜10時ごろまで町を照らした。

 博多の顔として親しまれた玉屋の売上高は88年度がピーク。「従業員も一番多いときで1200人ぐらいいました」(川原さん)。90年代に入り、天神への商業集積が加速すると苦境に立たされた。食料品を充実させた「デパ地下」が各店の集客エンジンとなる中、「昔の建物なので食料品売り場が狭かった。1フロアの半分で『玉屋では(食料品が)そろわない』と天神に客が流れました」。

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最終更新:7/17(水) 9:39
西日本新聞

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