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福岡市・中洲の商業施設に謎のランプ 百貨店「玉屋」閉店から20年…込められた思いとは

7/17(水) 9:37配信

西日本新聞

「今は誰も、ランプのことは知りません」

 そして99年、博多祇園山笠の追い山の日でもある7月15日、玉屋は営業を終えた。閉店予定時刻は午後7時。しかし、名残を惜しむ客たちはなかなか売り場を離れない。最後の客が出てシャッターが下りたのは同8時18分。川原さんも玄関で深く頭を下げ、涙を流した。

 川原さんはその後も中洲町連合会の専務理事として町に関わってきた。レトロなランプは、玉屋跡地を取得したコンサルタント会社(大阪)の社長が、ゲイツの開業計画の中で「玉屋は地域のために大きく貢献してきた。記念として残したい」と提案したという。玉屋の備品はほとんど処分されていたが、「ランプは、一番いい物を残していたのでしょう」。川原さんはこう推測する。

 ゲイツは2006年3月に部分開業。玄関前に玉屋の記念碑を作る話まであったが、その後、土地建物が売却されたため実現しなかったという。「今は誰も、ランプのことは知りません。でもこの場所に、博多の人に愛された玉屋があったことを忘れないでいただければ、本当にうれしいですね」。川原さんはそう言って、老舗の名残を見上げた。

    ◇    ◇ 

 玉屋の記憶は薄れつつある。ランプも点灯していない。しかし、ビルや乗り物のかぶりものを着けて福岡の歴史やドラマを演じる劇団「ギンギラ太陽’s」の舞台に、こんな場面がある。 「もう一度、博多ににぎわいを」と頑張るゲイツが窮地に追い込まれ、気を失う。するとランプがこうこうと光り、玉屋が天国からゲイツや博多を助けに現れる‐。主宰の大塚ムネトさんは言う。「玉屋は博多を発展させ、支えてきた人気キャラ。物語の中では、ずっと生き続けています」

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最終更新:7/17(水) 9:39
西日本新聞

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