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【尊厳ある介護(78)】 入所嫌がる兄、弟が先に入り紹介した

7/17(水) 11:02配信

ニュースソクラ

愛情ある肉親にしかできないこと

 「認知症の兄が一人暮らしをしているのですが、近所に迷惑をかけて困っています」と、秋田宗太郎さん(仮名89歳)の弟さん(79歳)が施設に相談に来られました。

 秋田さんは少し前に妻を亡くされ、その頃から認知症が悪化したそうです。夜になると妻を思い出し大きな声で泣くので、近所の人たちが弟さんに連絡したのです。

 「兄はすべての家事を妻に頼っていたので家の中はゴミだらけです。食事も何を食べているのか、入浴をしているのかどうか分かりません」と、弟さんはおっしゃいました。

 施設入所を勧めたのですが「絶対に施設には入らん」と、頑なに拒否したそうです。言い過ぎると短気な性格なので激怒して手が出そうになります。弟さんは袋小路に追い込まれていました。

 そこで、「まずは弟さんが施設に入所したらどうですか」と、大胆な提案したのです。

 紹介した施設の入所条件は、60歳以上であることです。個室で食事が付いていて、外出外泊ともに自由です。秋田さんのように気ままに生活してきた人にはぴったりな施設です。

 これまで介護サービスを受け入れない多くの高齢者を見てきましたが、拒否感の強い人には共通点があります。変化に対して強い不安を覚えることです。

 だから、試しに弟さんが入所してそこに秋田さんを招いて、施設への不安を取り除くことを考えたのです。

 弟さんは妻と同居していましたが、このまま一人で秋田さんを自宅に住まわしておくこともできず、この提案を受け入れました。

 「両親を早くに亡くし、年の離れた兄が父親に代わって育ててくれました。その恩返しをしたいのです」と、弟さんは真剣な眼差しで言われました。

 秋田さんにはお子さんがいないので、その思いが一段と強くなったのかもしれません。

 そして、先に弟さんは入所したのです。しばしば自宅に帰って妻の手料理食べ家族との生活も大切にされていましたが。

 入所して少し経った頃、弟さんは秋田さんを「施設に遊びに来て」と誘いました。

 初めは抵抗感があった秋田さんでしたが、誘われるまま施設に来られるようになりました。それだけでなく、時には宿泊して食事を摂って帰るようになったのです。施設スタッフとも顔見知りになり言葉を交わすようになりました。

 実はこの施設の近くに秋田さんの勤めていた会社があり、昔はよく仕事帰りに馴染みのパチンコ屋に寄って家に帰っていたことも分かりました。

 弟さんは「この施設に入って好きだったパチンコに行ったらどう」と、秋田さんに優しく声をかけました。

 すると、その言葉に心を動かされたのでしょか。「ここに入りたい」と、申し出られたのです。

 私たちはその言葉を待っていました。直ぐに引っ越しをして施設での生活に慣れたころを見計らって、弟さんは退所しました。

 秋田さんは弟さんの願いとおりに近くのパチンコ屋に通うようになりました。

 「パチンコでお金をすられた」と言って不機嫌になって帰ってくることもありましたが、それなりにここでの暮らしに満足しているようすでした。

 ところが、「秋田さんがうるさくて眠れません」と、同じ階の入居者から苦情が出たのです。

 そこで、施設の相談員は介護保険の申請と病院受診を勧めました。秋田さんは弟さんに付き添われて受診をし、寝つきが良くなるよう薬が処方されました。その効果があったのか苦情は減りました。

 このようにすべての人が施設入所に繋がるわけではありません。周りが説得してやっと入所できたとしても、適応できず退所になることもあります。

 秋田さんの場合は弟さんのドラスチックな行動が、兄の心に劇的な変化を与えたのです。弟さんはその後も定期的に秋田さんを訪問し、子供のいない兄の子どもに成り代わって役割を果たしたのでした。

(注)事例は個人が特定されないよう倫理的配慮をしています。

■里村 佳子( 社会福祉法人呉ハレルヤ会呉ベタニアホーム統括施設長 )
法政大学大学院イノベーションマネジメント(MBA)卒業、広島国際大学臨床教授、前法政大学大学院客員教授、広島県認知症介護指導者、広島県精神医療審査会委員、呉市介護認定審査会委員。ケアハウス、デイサービス、サービス付高齢者住宅、小規模多機能ホーム、グループホーム、居宅介護事業所などの複数施設の担当理事。2017年10月に東京都杉並区の荻窪で訪問看護ステーション「ユアネーム」を開設。

最終更新:7/17(水) 11:02
ニュースソクラ

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