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“ふたりごと”、“五月の蝿”、“前前前世”そして――ラッドが証明してきた「愛の歌」の無限の可能性

7/18(木) 17:05配信

rockinon.com

新海誠監督による映画『天気の子』が7月19日(金)から公開。そして同作の音楽を手掛けたRADWIMPSによるサントラアルバム『天気の子』も映画の公開と同日にリリースされる。主題歌“愛にできることはまだあるかい”を確認できるのは、現時点では予告編映像やテレビCMのみだが、《愛にできることはまだあるかい》とやさしく語りかけるような野田洋次郎(Vo・G・Piano)の歌声に名曲の誕生を予感している人も多いのでは。


ここでは今回タイトルに掲げられた「愛」というワードに注目していきたい。“愛にできることはまだあるかい”と同じくタイトルに「愛」が入っている曲といえば、初期の名曲“愛し(かなし)”を思い浮かべる人も多いだろう。この曲の「僕」は、自分と「君」を対比し、どうして「君」のようにはなれないのだろうかと自問自答している。ここで描かれている「僕」の疑問とは、まとめると「大切な人のことは思いやることができるのに、そうでない人を配慮できないのはなぜだろう」といった感じ。ほとんどの人間はそういう性質を持っているものだし、それを気にすることも少ないと思うが、それでも悶々と悩む「僕」の純粋さに、バンドのソングライターである野田の繊細さが反映されているように思う。

≪人が人のために流す涙 それこそが愛の存在の証だ≫

“愛し(かなし)”では上記のように「愛」が定義されており、誰のことも思いやることができる「君」だって自分のためにそうしているのだと、だから「誰がためが僕のため」であってもいいのだと、やがて「僕」は気づいていく。“25コ目の染色体”や“ふたりごと”もそうであるように、ラッドの初期のラブソングには3つの大きな特徴がある。①「君」と「僕」だけが存在するパーソナルな世界で完結するということ。他に登場するのは、両者の間に生まれる命=子どもぐらいであり、これは二人が一つになった証であるため、結局「君」と「僕」という範疇からは出ていない。②「君」の存在こそが「僕」の心を形成するのだという鏡像段階論的な前提の元、「僕」の内面が描写されていること。③「君」はどこまでも美しい存在であり、そんな「君」と出会えたことはつまり奇跡である、という論調であること。


そんななか、2013年に発表された“五月の蝿”は衝撃を呼んだ。確かに「君」と「僕」の世界をグロテスクな表現で描いた曲はこれが初めて。しかし「『好き』の反対は『嫌い』でなく『無関心』」とよく言うように、この曲で描かれる強烈な憎悪が、最大限にまで膨れた愛情が転じた結果なのだとしたら、“五月の蝿”もまたラブソングと呼べるのかもしれない。

例えば《生まれてはじめての宗教が君です》というフレーズは“有心論”の《だって君は世界初の 肉眼で確認できる愛/地上で唯一出会える神様》に近いものを感じる。野田の歌詞には「神様」という単語が頻出するが、彼は(いわゆる宗教的な信仰の対象ではなく)「絶対に抗うことのできない自分にとって重要な存在」という意味でこの単語を用いることも多い。それを踏まえて考えると、“五月の蝿”は先に挙げたラッドの初期のラブソングの特徴のうち、少なくとも①と②は満たしていることになる。③の要素が薄いため、いわゆる純愛ものには聞こえないが、「愛」を歌った曲であることは確かだ。


映画『君の名は。』の主題歌“前前前世”は、疾走感溢れるバンドサウンドや力強いコーラスで以って、「愛」がもたらすエネルギーに駆り立てられる「僕」の全能感を表現した、ある意味超王道のラブソングだ。《心が身体を追い越してきたんだよ》、《君の髪や瞳だけで胸が痛いよ》、《同じ時を吸い込んで離したくないよ》といったフレーズは「君」を見ただけで居ても立っても居られなくなってしまうあの感じを上手く表現しているし、「君」のことがもっと知りたいという気持ちを表した《君も知らぬ君とジャレて 戯れたいよ/君の消えぬ痛みまで愛してみたいよ》というフレーズも絶妙。「愛している」という言葉を使わずに愛を叫ぶ、ソングライティングの巧みさが光っている。


そして新曲“愛にできることはまだあるかい”である。「僕」にとっての「君」が、「愛」を思い出させてくれる存在として描かれていることはこれまでと同様。一方、恋愛のみならず、勇気・希望・絆など、歳を重ねるごとに色褪せてしまいがちな事柄を包括する概念として「愛」という言葉が用いられていることが、ここまで挙げてきたラブソングとは異なる点だ。そのため、「君」と「僕」が登場する曲ではあるものの、密室的な印象はそこまでない。

リリース前日なので詳述は控えるが、クライマックスの歌詞は特にハッとさせられる内容なのでぜひ音源を聴いて確認してみてほしい。タイトルの「~まだあるかい」という言い方からは「愛にできることはもうなくなってしまったかもしれない」というニュアンスが感じられるが、それでもこのバンドが「愛」を歌い続ける理由を彼らだからこそのやり方で表現した――言い換えると、「愛」と向き合い続けたこのバンドだからこそ歌える究極のラブソングが“愛にできることはまだあるかい”なのだと思う。今後RADWIMPSというバンドを語るうえで欠かせない曲になりそうな予感だ。(蜂須賀ちなみ)

rockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

最終更新:7/18(木) 17:05
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