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R18+指定に挑む女流監督・安里麻里、暴力描写の先にある本当に描きたかったもの

7/18(木) 9:00配信

オリコン

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第11回 安里麻里監督
  KADOKAWAとハピネットの共同制作で「リミッターを外せ!」を合言葉にし、エッジの効いた作品を共同で開発する「ハイテンション・ムービー・プロジェクト」。第2弾となる映画『アンダー・ユア・ベッド』では、暴力描写がR18+の対象となった。これまでも女性監督がR18+の映画を撮ることはあったが、エロではなく“暴力描写”によるR指定作品を手掛けることは稀だ。

【写真】キャスト陣とともに舞台あいさつに登壇した安里麻里監督

■映画のオファーを受けた理由

 本作は、幼少期から自らの存在を無視され続けてきた青年・三井が主人公。大学時代初めて自分の名前を呼んでくれた女性・千尋に惹かれ、いつか再会することを夢見ているなか、見かけた彼女が別人のように変わってしまったことから、想いが暴走していくさまをセンセーショナルに描いた作品だ。

 千尋が変わり果ててしまった原因となったのが夫。自宅という密室のなか、誰に知られることもなく、千尋は夫から耐えがたい暴力を日常的に振るわれていたのだ。

 劇中には、激しい暴力シーンが登場する。そんな作品のメガホンをとったのは、これまで『バイロケーション』や『劇場版 零 ゼロ』などホラー映画を手掛けることが多かった安里麻里監督。「これまでもアクションやホラー作品のなかで、暴力を描くことがあったので、お話が来たのかな」とオファーの理由を分析する。

 オーダーは “暴力映画”だったが、安里監督が原作を読みオファーを受けた理由は“暴力映画”とは別のところにあったという。

「小さいころからずっと孤独な人間の話が好きでした。私自身、家でも学校でも孤独で、小学生のころは人としゃべった記憶がなかったので」と三井という人間の“孤独”に強く興味を持ったことを明かす。さらに「私はスプラッター映画とか苦手で。ただ痛さやグロさをこれ見よがしに過激に推してくる演出とか大嫌いなんです。冷める。何が面白いのか分からない。この作品は、そういった直接描写、アクションのような派手さ押しじゃなく、リアリティのある演出でやれればと思って作りました。結果、そういう演出で描いたことが、観る人々にとってリアリティある暴力になったようです。

■女優の心が壊れないようにする配慮

 安里監督の言葉通り、千尋という女性が置かれた立場や、逃げ出せない状況という部分での“精神的”な痛さが沁みるように心にのしかかる。その意味で、千尋を演じた女優・西川可奈子にも、千尋を痛めつける夫役の安部賢一にも相当の覚悟が必要だった。

「夫と千尋の関係が瞬時に理解される必要がある最初の夫婦のシーンはとにかく重要。そこに生々しさがなければ、この作品自体が骨抜きになってしまう。西川さんにも安部さんにも、もちろん私も覚悟を持って臨まないといけないという気持ちでした」。

 特に西川には肉体的にも精神的にも大きな負担がかかる。安里監督も「こういう役をやると女優さんというのは精神がやられてしまうんです」とケアが必要だったことを明かす。

 そのため、撮影を東京ではなく福島で行った。「都内で撮影すると、毎日家に帰るじゃないですか。そうすると役と自分の切り替えで頭がぐちゃぐちゃになって精神が保てなくなることがある。だから地方に行って、撮影中は現実に戻さず、長い夢を見ているような状態にして彼女の精神を守ろうとしたんです」。

■編集ができなくなるほど心が乱れた

 企画自体が“暴力映画”という括りだが「あくまで三井という孤独な男性の物語。人間ドラマであって、暴力を売りにする映画ではない」という思いで臨んだものの、途中で編集ができなくなるぐらい心が乱れたという。

 「以前『バイロケーション』という映画を撮ったときに、滝藤賢一さんが水川あさみさんを殴るシーンがあったのですが、すごい二人が演じていても、それを作っているときは“つくりもの”として平気でやれました。だからこの作品でも大丈夫、自分もプロだし、と思っていたのですが、全く違いました。編集中に涙が出て見ることができなくなることがありました。自分でカット割りして、どういう画が次に並ぶか分かっているのに見られない……。なんで泣いているのか分からない。息もできなくなって。初めての経験でした」。

 そこまで神経をすり減らしても、どうしても本作にこだわるのは「三井という人間の孤独を描きたかったから」と安里監督は断言する。続けて「孤独な人間だからこその純真さ、他の人から見たら本当に小さなことでも、この男にとっては強烈な幸せ。そこに感情を持っていくためには、リアリティのある痛みや暴力は避けて通れないものでした」と強い視線で語っていた。

 三井は、常識を逸脱した行動で千尋を見守る。表面だけを捉えてしまえば、三井の行動は「狂人」と括られてしまうかもしれない。しかしそこには身勝手な「自己愛」は一切存在しない。「“俺を愛して”“俺に構って”じゃない。ただただ、“愛したい人間”の話なんです」と本質を説く。

■高良健吾はいままで会ったことがないタイプの俳優

 そんな三井を見事なまでに演じたのが高良健吾という俳優だ。今回、安里監督とは初めてタッグを組んだが「いままで会ったことがないタイプでした。しっかり自分の理想の芝居を持っている。でもそれを決して人に押しつけない。それでいて、ただ人の言いなりにもならない。物事を頭で決めつけず『ヨーイスタート』という声と共に沸いた空気感や感情に従順でいたい人なんだと感じました。すごく面白かった」。

 精神的にも肉体的にもハードな撮影現場だったが、誰一人妥協することなく作品に臨んだ。「しっかりお互い本音を言いあって、腹を割って話せたのは、ものすごく大きかった」と笑顔を見せた安里監督。

 本作は、R18指定作品として別編集で作られため、映倫(映画倫理機構)に作品を持ち込んだ。その際、安里監督は「結構ダメ出しされると思ったら、たった1カットだけで、あとはそのままOKだったんです。映倫の考え方として、過激な暴力描写や性描写を変にぼかすと、この物語の真の意味が伝わらなくなる、と言って下さいました。信じられなかったし、本当にうれしかった」と語っていた。

 映倫の判断を見ても、本作が“暴力”を売りにした映画ではなく、一人の青年の心に向き合った人間ドラマだということが分かる。過剰なワードが宣伝文句になることは世の常だが、その奥にある本質に出合えたとき、とても得した気分になる。そんなことを感じさせてくれる味わい深い作品だ。(取材・文・撮影:磯部正和)

最終更新:7/21(日) 9:25
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