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余命1年ステージ4の癌から早2年余り…不死鳥の“王キラー” 元燕左腕を駆り立てる夢

7/18(木) 19:36配信

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11日のヤクルトOB戦ではマウンドに上がった安田氏

 昭和の巨人ファンに幾度となくため息をつかせた元投手が、小雨舞う神宮球場で大歓声に迎えられた。7月11日、ヤクルトの球団設立50周年を記念したOB戦「オープンハウス presents スワローズ ドリーム ゲーム」に出場した安田猛氏。2017年に癌が見つかり余命1年の宣告を受けたが、今も健在で母校での指導も続けている。現役時代、大打者の王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)にめっぽう強かった「王キラー」には、72歳になっても追いかける夢があるという。

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 わずか2球でも、高揚感を抑えられないように表情を崩した。1回2死で登板した安田氏が、ゆったりしたフォームで白球を放る。現役時代は力感のない小気味いいサイドスローで「ペンギン投法」の異名をとったが、「横から投げとったら球が届かんわ」と豪快に笑って“封印”。引退した81年以来という神宮のマウンドを、つかの間でも堪能した。

 中高年以上のヤクルトファンには、きっと鮮烈な背番号「22」の姿が記憶に刻まれている。72年に入団した173センチの小柄な投手は、1年目から7勝5敗、防御率2.08の成績を残し、新人王と最優秀防御率を受賞。翌73年にはプロ野球記録の「81イニング連続無四球」を樹立した。「新人王は毎年出るけど、この記録ばかりはこれから先も抜かれんのじゃないかな」と胸を張る。78年には15勝を挙げ、初優勝の原動力になった。

 ヤクルト一筋10年間で通算93勝。成績もさることながら、ファンの心を鷲掴みにしたのは「世界の王」をピシャリと抑える頼もしい姿だった。「とにかく向かっていったね。134、5キロでもね、抑えられる。インコースにズバッとね」。九州男児の闘争心で攻めの姿勢を貫き、いつしか「キラー」の称号がついた。

 そんな昭和の名投手は引退後、コーチやスコアラーなどを歴任。70歳を迎えた17年には、母校である福岡・小倉高のコーチに就任した。孫のような後輩球児たちと過ごす日々。新たな夢を意気揚々と追うはずだったが、病魔は残酷だった。その年の春先に体調を崩し、ステージ4のスキルス性胃癌と診断された。医師からは余命1年程度だと言われ、すぐにコーチを退任した。

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最終更新:7/18(木) 20:40
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