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甘いメンマ、香味油の虜に。キタキュー屈指の名豚骨「龍王」  年間300杯! 豚骨戦士 福岡のラーメンを斬る! VOL.27 ~ふるさとWish 北九州市~

7/18(木) 17:00配信

九州朝日放送

今週のふるさとwishの舞台は北九州市。「らーめん工房 龍」「無法松」「東洋軒」「石田一龍」「南京ラーメン 黒門」などなど。紹介したいラーメン店を挙げればキリがないが、今回は、筆者が特に思い入れのある戸畑区「龍王」に焦点を当てたい。1967年創業で、齢半世紀を超える一杯。長い歴史を誇る店ならではの味の継承という人間ドラマ。そして、“ゴマ油香る豚骨スープ”に“甘いメンマ”と、ラーメンのスペックについても語りたい要素が満載である。

頑固オヤジが後継者に選んだのは、幼少より通う常連

1967年から続く「龍王」。現在、厨房に入る原田豊久さんは初代から1997年に店を継いだ2代目。幼少より龍王のラーメンに親しむ近所の常連であった。他界した龍王の初代を知るものは皆、「パンチパーマの怖いオヤジだった」と愛情を込めて話す。営業中は客と全く口をきかず、従業員を容赦なく怒鳴りとばす。だけども、ちょいとピリついた店内で啜るラーメンが文句なく旨い。田隈「ふくちゃんラーメン」の先代もそうであったように、今も語りたくなる愛すべき頑固オヤジであったわけだ。原田さんは味、大将に惚れ込み、龍王に通い続けた。

「龍王が閉店すると聞き、最後の1か月は毎日通いました。先代も味を誰にも教える気はないと言っていたので、いよいよこのラーメンを食べられなくなるのかと寂しい気分に。閉店する日、丼のスープを飲み干すその瞬間も、まさか自分が龍王を継ぐとは夢にも思っていませんでしたね」と原田さんは話す。

原田さんは筋金入りの龍王ラバーであったが、先代と特に深い関わりがあったわけではない。店の味を売って欲しい、との声も多数あったそうだが、先代はなぜ原田さんに譲ったのだろうか。

「あくまで私は常連の一人。先代は営業中に話したりする人じゃなかったから、ラーメンをサクッと食べて帰るだけ。卓上にご飯用の辛味ダレが置いてあるのですが、それをこっそりラーメンに入れたら厨房からキッと睨まれたりしていましたしね(笑)。いつだったか、客が他にいない時、横に座ってきて『調子どう?』と、声をかけてくれたことがありましたが、そんなに話し込んだことはなかった。だから、龍王が閉店した直後、「あいつに味を伝えたい」と友人を通して先代から話をいただいた時はとにかく驚きました。私がその時していた商売がうまくいってなかったのを知って、そっと手を差し伸べてくれた、先代の優しさだったと思います。実は、長い間気にかけていてくれたのだと。ラーメン作りは素人でしたが、絶好のチャンスと捉え入門しました」と原田さん。

豚頭、ゲンコツ、さらに背骨を加えて、かまどの五右衛門釜で旨味を重ねていく手法。大釜で泳がせる麺茹での技、さらには製麺機での麺作り。原田さんは先代に徹底的に指導をうけた。店を継いでほどなく、古くからの常連も納得させる味へと到達。馴染み深い、いつもの龍王へとなった。

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最終更新:7/18(木) 17:00
九州朝日放送

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