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ロマンスカーに乗りたい

7/19(金) 11:12配信

47NEWS

 地図と旅が大好きだった父が6月に92歳で亡くなった。昭和の改元直後に生まれ、戦中、戦後、平成を駆け抜け、令和に足を踏み入れたところで力尽きたが、最後まで記憶はしっかりしていたし、毎日の新聞チェックも欠かさなかった。私の鉄道好きは親譲りだ。

 父は、この数年は足腰がしびれてふらつき、終の棲家として自ら選んだ老人ホームでも、ちょっと移動するにも歩行器の支えが必要だった。それでも自分の足で歩けるという自由はこの上ない幸せだ。家族としては、できるだけ歩かせようとせっせと散歩に誘った。

 何かやりたいことはないかと聞いたら、「体調が良ければ電車に乗ってみたい」という。そういえばこの10年ぐらい、通院や買い物で家族が付き添う時も、墓参りする時も、当たり前のようにマイカーで送り迎えしていた。鉄道は乗ってしまえば楽だが、乗るまでが大変。座れるかどうか分からないし、足元がふらつく人間にとっては、ホームに立つこと自体が危険だ。最近高齢者の車の運転が問題になっているが、運転をやめて電車やバスを使えと言われても、その時点ですでに無理な相談というのが実情だろう。

 90歳を迎えたおととし11月のある日、結果的にこれが、父が電車に乗る最後の機会となった。せっかく乗るなら「小田急のロマンスカーがいい」と話が盛り上がった。父と私と家内の3人で、ロマンスカーが停車する最寄り駅である新百合ケ丘で下りの特急「はこね」号に乗り、小田原を目指すことにした。

 朝のラッシュが過ぎた午前9時台。停車予定時刻の15分以上も前にホームに着いて待つ。新宿方面からするするっと滑るように入線してきたのは、30000系EXE(エクセ)だった。ロマンスカーとしては色も概観も地味だが、乗り心地は通勤電車とまるで違う。小雨で窓に垂れる水滴がちょっと景色の邪魔だがそれも情緒だろう。

 父は久しぶりの電車にしみじみと「いいねえ」と言う。それは快適という意味だけでなく、日常の活気ある社会との接点、ふれあいを楽しむことができるという鉄道ならでは旅の良さを表した感想だったと思う。

 小田原駅前の小洒落た食堂で名物のおでん定食をいただき、小休止の後、帰りもロマンスカーを利用した。新百合ケ丘に停車するダイヤは30000系ばかりなのが残念ではあったが、父と家内はまったく気にならないらしい。帰りは雨も止み、車窓に丹沢山系の大山がくっきり見えて、「山がきれい。よかった、よかった」と父を喜ばせた。

 そんな父との外出をきっかけに、つくづくバリアフリーが大切だと思うようになった。混雑する空間を、元気な若者と高齢者や障害者が一緒に行き交うこと自体、相当難しいことだ。エレベーターだってあればいいというものではない。10両編成なら全長200メートル。改札やトイレの位置も駅ごとにまちまちで、鉄道での移動は、意外によく歩かされるし、立ち続けることが前提になっている。

 高架化、地下化、駅の橋上化…。安全面を重視した鉄道施設の立体化がどんどん進んでいるが、実は高齢者ら弱者のニーズには逆行する面もある。誰でも安心して乗れるという鉄道の原点を大切にしたい。

 ☆共同通信社編集局予定センター長・篠原啓一

最終更新:7/19(金) 11:12
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