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東京見つけた! のら散歩・佃島~月島

7/19(金) 17:32配信

47NEWS

 まだ、梅雨が明けぬ東京。

 お天道さまが恋しいところだが、雨に濡れた黄昏時の東京も趣あり。

 ということで、東京メトロのCMの石原さとみじゃないが「ファインド・マイ・トウキョウ」してみようと、雨に濡れた佃島と月島を巡ってみた。

 佃島へは、地下鉄有楽町線か大江戸線の月島駅で下車。

 「新橋から佃島まで船でくるなんて、ちょっと乙なもんだろ」

 そんな台詞を吐きながら船の艪を漕ぎながらやってくる三橋達也を思い出す。

 『愛のお荷物』(1955年  川島雄三監督)の一場面だ。

 映画には、佃渡しがまだある頃の佃島の暮らしぶりが活写されている。

 台詞通り、新橋から舟を漕いで佃島まで来るなんて、とっても乙だと思う。

 しかも三橋達也が居候している家は佃煮屋で、現在もその佇まいは変わらず残っている。

 でもわたしの目の前に広がる佃の風景はそんなんじゃない。

 タワーマンションと船泊まり。

 新旧が入り交じる、現在の佃島。

 佃島は映画人をも魅了する。

 私もテレビドラマのロケ地で通っていた折り、佃の風情にちょいと惚れてしまったというのもあるだろう。

 しっとりとよい塩梅で空気が湿っていて、どこか懐かしさを感じる住宅の軒。

 住居の間の細い小径を歩いていると、軒先には必ずといっていいほど植木鉢が並んでいる。手入れの行き届いた鉢に咲く季節の花たち。

 

 佃島といえば、佃煮。

 その始まりは江戸時代にさかのぼる。

 本能寺の変で、徳川家康は大阪の堺から命からがら逃げた。

 その時、家康の命を救ってくれたのが、摂津の佃村(現在の大阪府大阪市西淀川佃)の漁師たちだったという。

 家康は未開の地だった江戸のまちづくりに、摂津の佃村から漁師たちを江戸へ移住させた。当時の江戸には熟練した漁師も少なく、食料を確保するのにも苦労していたらしい。

 移住してきた摂津佃村の漁師と家康との関係は、まさに江戸の礎の一つを築いたと言ってもいいだろう。

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最終更新:7/19(金) 18:09
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