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「女人禁制」山修行で生まれる感謝の念 性別格差撤廃の風潮でも廃れない理由

7/19(金) 20:00配信

デイリースポーツ

 「男女共同参画」「ジェンダーフリー」が分からなくとも、性別格差を無くそうとする風潮は万人が感じ取っているはず。そんな現代社会にあって、女人禁制をあがめる場所がある。奈良県天川村の大峯山は、約1300年前に役小角(えんのおずぬ)が開いたと伝承される修験道の聖地。山に籠もって修行する修験道の一端が体験できる「山伏修行一日入門」という“体験型ツアー”に申し込んでみた。

【写真】こ、怖すぎ…断崖絶壁から身を乗り出す荒行を後方から見る

 7月某日の午後、天川村洞川(どろがわ)温泉の観光案内所で受付を済ませ、指定の旅館にチェックインした。このツアーを簡単に説明すると、午前2時前から暗闇のなか登山を開始。行場での修行を体験しながら、明け方には山頂(山上ヶ岳1719メートル)付近にある大峯山寺に到着。その後、お経を上げて下山する往復約12キロ、9時間の登山コースだ。しかし、これがレジャーではなく修行であることは、旅館に到着してからまざまざと思い知らされた。

 まずは参加者の表情と立ち居振る舞い。部屋は大部屋で、チェックインした人から自分の場所を陣取る。19名の参加者のうち3人組が1組、それ以外は単独での参加。浮かれた表情は3人組だけで、それ以外の人たちは誰とも会話することなく、これから始まる厳かな儀式を緊張した面持ちで静かに待っていた。写真を撮るどころか、カメラをカバンから出すのもはばかれる雰囲気で、この修行体験での出来事を多くカメラに収めようという思惑はさっそく消えた。

 参加者全員が揃ったところで、白いフンドシが用意され、着替えるよう促された。旅館から徒歩数分のところにある龍泉寺での水行のためだ。梅雨の蒸し暑い季節だが、洞川温泉は標高820メートル余りのところに位置し、大阪平野や奈良盆地よりも10℃近く気温が低く、空気も爽やか。境内にある水行場の池に入り、肩まで浸かって「半(はん)か座」というあぐらに似た姿勢で座る。その冷たさで背筋から頭のてっぺんまで凍りつき、一瞬意識を失うような感覚に陥る。

 「めちゃくちゃ冷たい水やからアカンと思ったら、無理せんと立ち上がってください。せやけど、それでは行(ぎょう)にならんので困るんやけど」と浸かる前に、途中で上がるなと暗に釘を刺される。最初の30秒は冷たさで気絶しそうになったが、1分2分と時間が経つにつれ不思議と体が慣れていく。般若心経を含め3つのお経を上げたので、少なくとも5分は浸かっていたと思う。さすがに最後のほうは「まだか?まだか?」と徐々に意識が遠のいていくようだった。

 その後、風呂で温まり、精進料理の夕食。下山するまでは肉、魚は口にできない。写真映えする精進料理を撮りたいところだが、写真を撮れる空気ではない。みんな無言で料理を口に運ぶ。食後、午後7時には多く人が布団に入っていた。午前1時起床に備えてのことだ。私は食後、洞川の温泉街を散歩して8時過ぎに布団に入ったが、強烈な音量でイビキをかく人が2名いて、まるでウシガエルの合唱。結局一睡もできなかった。誰か1人ぐらい苦情を言いそうなものだが、水行で身を清めた後だからなのか、文句を言う者はいなかった。おそらく多くの人が寝不足のまま起床時間を迎えたと思う。

 午前2時前、漆黒の闇の中、懐中電灯で足元を照らしながら女人結界の門をくぐり、標高1719メートルの山上ヶ岳山頂付近にある大峯山寺をめざした。登山ガイドを先頭に、自前の白装束をまとったベテラン参加者たちが最後尾を歩く。まるで軍隊の移動。速いペースで黙々と傾斜を進む。ペースが落ちることは決してない。弱音を吐く者は誰一人おらず、ガイドからのコース説明は何もない。改めて山歩きツアーでないことを痛感し、一生一度の山修行だと腹をくくった。

 険しい山道を登りながら、気力体力が限界近くになった夜明け前、巨大な岩の壁が行く手をはばむ。鐘掛岩(かねかけいわ)という行場だ。命綱なしで十数メートルはあろう岩の壁を鎖で這い上がる。落ちたら命の保証はない。恐怖と戦いながら、やっとの思いで登り切り、しばらく歩いたら、今度は大峯山修行の代名詞「西ノ覗(にしののぞき)」の行場が現れる。

 「修行は他人に強要されてするものではなく、自ら進んでするもの。やりたくなければやらなくていい。万一のことが起こっても自己責任」。そんなニュアンスの貼り紙が、通り過ぎた小屋や休憩所にあったのをいくつも目にした。

 西ノ覗の巨岩の上に立つと、眼下に広がる大峯の山々が望み、その高さと何人もの行者を飲み込んだと思われる谷の深さに足がすくみ動けなくなる。「高所恐怖症の私には2万%無理な修行だ」と思いつつも、西ノ覗をせずに大峯山修行したとは言えない、相反する感情があった。

 「一生一度の山修行」と自分に言い聞かせて、躊躇しないようトップバッターで崖からの逆さ吊りに挑んだ。人生最大の恐怖と対峙しながら、なぜかこんなことを思った。「生きて戻れたら一生懸命生きよう」「誰に対しても優しくしよう」「親孝行しよう」

 その後、山頂付近の大峯山寺に到着。梅雨にも関わらず、この日は幸運にも晴れ渡り、見事な朝焼け、雲海を拝むことができ、自然の神秘、大峯山の霊力、雄大さを体感した。さらに幸運なことに、今シーズンに限り大峯山寺本堂では、本尊の蔵王権現像が開帳されていた。普段はとばりに覆われ決して目にすることができない秘仏。天皇陛下が皇太子時代に大峯登山をされたことに敬意を表してのことだという。

 苦行を共にしたことで参加者たちに連帯感が生まれていた。私も何人かと言葉を交わし、親しくなった人もいたが、身の上話をすることはなく、連絡先の交換は誰ともしなかった。それがかえって良かったのか、一期一会の精神で、穏やかに相手を敬い接することができた。

 水行後の精進料理、行明けの魚料理も美味しかったが、山頂付近の宿坊で食べた、旅館の人が用意してくれたおにぎりの朝食は涙が出るほど美味しかった。疲労を癒やし回復させてくれる塩味と、生きて米を頬張れることに感謝の気持ちしかなかった。

 修行の最中は、疲労そして恐怖と必死で戦っていたが、修行が終わった後、私は何とも言えない幸福感に包まれていた。苦難を乗り越えた達成感や充実感とはまるで違う。修行を乗り切ったことを誇示する気持ちは微塵もない。感謝、感謝しかない。この心境のメカニズムは、私には分からないが、千年以上に渡って大峯山修行が廃れない訳を自分なりに解釈できた。そして、母性を持つ女性を禁じ、血気盛んな男性のみ受け入れる理由が何となく分かった気がする。(まいどなニュース特約・北村守康)

▼令和元年の今年、この「山伏修行一日入門」は、8月25、26日と9月7、8日の2回開催される。詳しくは、下記の洞川温泉観光協会のホームページを参照。http://www.dorogawaonsen.jp/topics/2450/

最終更新:7/19(金) 20:15
デイリースポーツ

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