ここから本文です

政治に対して意見を言うこと、デモをすることは「わがまま」?自分の生活のため、政治に関わる選択をしてもいい

7/19(金) 17:58配信

BuzzFeed Japan

今の日本では、どうして意見を表明することに抵抗感がつきまとうのだろうか。

立命館大准教授の富永京子さんは、意見を言うことをあえて「わがまま」と表現することで、政治や社会と日常の生活をつなげることを試み、『みんなの「わがまま」入門』と題した本を書き上げた。

「それって、ただのわがままじゃない?」
「そんなことをやったって、社会は変わらないでしょ」
「自分だって我慢している。だから、お前も我慢しろ」

政治的な活動に参加する「彼ら」と、それを眺める「私たち」との間には大きな溝が広がっている。それはなぜなのか。参院選を控え、富永さんに聞いた。【BuzzFeed Japan / 千葉雄登】

あえて、「わがまま」という言葉で表現した理由

ーー意見を表明することを「わがまま」という言葉で表現したことに、正直驚きました。

もともとは中高生向けの講演で用いた言葉で、そこに同席していた編集者さんから「わがまま」を題名にした本を書かないか、というオファーがあって書き始めたのです。

ただ「わがまま」というのは当然ネガティブな意味を持つ単語なわけで、社会運動をはじめ、意見を言うことを「わがまま」と冠した本を出すことが良いのかどうか。これは、かなり悩みました。

2年前に『社会運動と若者』という本を執筆しました。安保法制への抗議行動という、当時話題のトピックを扱ったこともあり、いわゆる学術書としては反響もあり、取材にお答えすることも何回かありました。その中で、あるご取材にお答えした内容が社会運動に関わられている方の中でネガティブな意味で話題になってしまい、社会運動に対して批判的、冷笑的な研究者だと見られるようになった経緯がありました。

自分の中では非常に辛い経験で、自分自身についてはどう見られようが仕方のない話ですが、これまでお世話になった社会運動参加者の方々を裏切ってしまう、傷つけてしまうことが耐え難かった。

ですから、これ以上表に出ることも、「わがまま」という題名をもった、運動に対するネガティブな見方を敢えて押し出すような本を出すことにも抵抗があった。

1/5ページ

最終更新:7/19(金) 17:58
BuzzFeed Japan

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事