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【北北海道】旭川大高、令和一番乗り 2年連続で夏キップ

7/21(日) 5:56配信

スポーツ報知

◆第101回全国高校野球選手権北北海道大会 決勝 旭川大高9―0クラーク(20日・旭川スタルヒン球場)

 決勝が行われ、旭川大高が9―0でクラークを破り、2年連続9度目の優勝を決めた。エース・能登嵩都(しゅうと)が6安打7Kで完封、4番・脇田悠牙中堅手が3打点、5番・富田康太二塁手(いずれも3年)が2打点と投打がかみ合った。昨夏、沼田翔平(19、現巨人)ら140キロ超え投手4人を擁した“投手王国”は新チームで打撃を強化。11安打を放ち令和最初の甲子園へ一番乗りした。

 最後の打者はライトフライに打ち取った。うれし涙を流す能登の周りに駆け寄ったのは主将・持丸泰輝捕手(3年)ら苦楽を共にしたナイン。「新チームで勝てない原因は投手と言われ続け、プレッシャーだった。今日は貢献できました」。1回戦(対釧路湖陵、4―0)に続く大会2度目の完封劇で、クラークに快勝。2年連続の甲子園切符をつかんだ。

 大一番で、チームが目指す形が結果として現れた。能登が初回三者凡退と最高の立ち上がり。その裏、先頭の佐藤一伎三塁手が四球、続く持丸が死球で出塁。3番・菅原礼央遊撃手が犠打で送り、1死二、三塁から4番・脇田の右中間2点二塁打。長打を絡め得点する、旭川大高らしい攻撃で一気に3点を奪った。4回も同様の形で1死二、三塁を作ると脇田の中犠飛、5番・富田の左越え2ランで3点を追加。「(この日3四死球の)持丸が勝負してもらえずとも4、5番で返す。それが僕たちの新しい野球だと思う」。昨夏甲子園を経験していない脇田と富田が胸を張った。伝統の小技に大技も絡め、クラークに打ち勝った。

 平成最後の昨夏は、140キロ超え4人の強力投手陣で頂点に。柱が抜けた新チームの船出は厳しいものだった。秋季全道(3回戦、札幌第一8●10)、春季全道(2回戦、駒大苫小牧3―6)と敗退したが、「カラーが異なる世代。今年は攻撃と信じ基盤を作ってきた」と端場雅治監督(50)は下を向くことなく“令和のチーム”作りを模索した。この日の1、4回も4、5番へのサインは「打て」。犠打、盗塁など小技を生かした持ち味の野球に新たな色を加え、2年連続の頂点に立った。

 全国トップで令和の甲子園出場決めても、ナインは冷静だ。昨夏の甲子園は主将・持丸の8回の痛恨の落球などで1回戦・佐久長聖(長野)に延長14回タイブレーク(4●5)で敗退。過去5回出場も未勝利の端場監督にあと一歩で初白星を届けられなかった。「(今年は)忘れ物ではなく“落とし物”を取りに行くんです」と端場監督が言えば「今年は常に冷静に感情をコントロールしてやってきた。甲子園で勝つまでははしゃがない」と持丸。平常心を貫く“新・旭川大高”がリベンジを懸け聖地へ乗り込む。(川上 大志)

 ◆旭川大高(旭川市) 1898年(明治31年)に旭川裁縫専門学校として開校した私立校。1968年から北日本学院大高に校名変更、70年から現校名に。生徒数490人(女子199人)。住所は旭川市永山7条16丁目。野球部は64年創部。部員数は69人。夏の甲子園は過去8度出場し、80年の3回戦進出が最高。主なOBに、08年北京五輪陸上男子400メートルリレー銀メダルの高平慎士選手、昨年育成ドラフト3位で入団した巨人・沼田翔平投手ら。

 ◆過去の北北海道大会の連覇

 ▽旭川龍谷=3(1973~75年) 73年の決勝で北見工を3―2で下し初優勝。甲子園で東洋大姫路(兵庫)を破り3回戦に進出した。

 ▽釧路江南=2(76、77年)76年の決勝で旭川龍谷を1―0で破り4連覇を阻止。翌年も旭川龍谷に1―0で勝ち連覇。

 ▽駒大岩見沢=2(2007、8年)区分け変更で07年に北へ移り、いきなり連覇。08年の甲子園では強打の「ヒグマ打線」の活躍で下関工(山口)に8―6、盛岡大付(岩手)に8―3で勝ち3回戦に進出した。

最終更新:7/22(月) 21:21
スポーツ報知

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