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「ひとりの女性を応援したい」 エフエム東京を早期退職した女性ブロガーの挑戦

7/20(土) 10:04配信

DANRO

FMラジオ局の老舗「エフエム東京」の総務部長をしていた林理江さんが昨秋、55歳で早期退職の道を選びました。退職直前にブログ「ヒトリデ倶楽部」を立ち上げ、自身と同じような「ひとりでも安心して楽しく過ごしたい! そんなポジティブで自立した女性たち」に向けて、これまでの経験を生かした情報を発信し続けています。新たなステージでどんな挑戦をしていこうとしているのか。話を聞きました。(隈元信一)

【画像】「ヒトリデ倶楽部」のトップ画面

波瀾万丈の半生

――総務部長でバリバリやっておられるかと思ったら、55歳で早期退職。なぜですか?

林:ブログには、「新たなステージに踏み出すためには定年年齢になるのを待っていられなかったから」と書きました。決して会社がいやで辞めたわけじゃありません。17年半もの間、広報、出版、人事などいろんなことをやらせてもらい、とても感謝しています。

――「新たなステージ」でやりたかったことって何でしょう。

林:長く仕事をしながら一人で生活してきた経験を生かし、「同じような立場の人のお役に立てれば」という気持ちがずっとありました。その手始めにブログを始めたんです。もともと好きだった文章を書く仕事をフリーになってやりたいとも思っていました。ブログは、その両方のための、いわば名刺代わりのつもりで書いています。

――エフエム東京に入る前も転職を繰り返していて、まさに波瀾万丈ですよね。

林:そうなんです。私は名古屋出身で、名古屋の大学を卒業後、地元のテレビ局に就職しました。営業関連の部署で6年勤め、28歳で退社。「東京で一人暮らしをしたい」という思いだけで、何の当てもなく上京したんです。31歳まで3つの会社で派遣社員をしました。大変なこともいろいろありましたが、おかげでどんどん図々しくなって精神的に強くなりました。派遣社員時代の経験は、その後の会社員人生に役立つことばかりでした。

――31歳からは、放送界で会社を転々ということになりますか。

林:ええ、まず一部外資のCSチャンネルの会社に入り、海外のニュースチャンネルを日本でスタートさせる業務などをしました。次に世界的なメディアグループ系CS放送会社の日本ブランチ(支社)に契約社員として入ったのですが、3カ月ほどでクビ、いわゆる雇い止めを宣告されまして。これは辛かったですね。しばらく人間不信に陥りました。

でも、業界誌の会社に退社挨拶に行ったのが縁で、その会社の方から「広報をやってくれる人を探している社長がいるけど、会ってみない?」と電話があり、CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)に入ることになりました。ここには5年いて、「ディレクTV」のサービス開始や、新サービスの開始、株式上場など、倒れるかと思うくらいいろんなことがありました。広報部門を立ち上げ、次々に来る取材依頼などを最初はたった一人でこなしていたんですよ。

――そのおかげでエフエム東京に入ることになるわけですね。

林:もともと私はラジオっ子で、大学を出た時もラジオ局が第一志望でした。CCCにいたころ、ずっと憧れていたエフエム東京の広報経験者採用の募集記事を目にしたんです。38歳で転職は無理かと思いましたが、受けてみたら合格。広報経験があったからですし、CCCに入れたのもその前に雇い止めされたから。辛い経験がその後に繋がっていたわけで、「どんな辛いことでも自分の糧になる」とポジティブに考えられるようになりました。

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最終更新:7/20(土) 10:04
DANRO

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