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幼稚園より保育園のほうが寛容?『大学教授、発達障害の子を育てる』

7/21(日) 11:00配信

本がすき。

どうもうちの子は発達障害らしいぞ、少なくとも定型発達の子と一緒の集団に入ると、そうとう苦労しそうだ、と判明したとき、どんな進路を考えればいいだろうか?

もちろん、その子が何歳か、障害の特性はどうか、複合障害があるのかどうかによって、考慮しなければならない事項はまったく異なってくる。自分は専門家ではないので、自分が経験した範囲内での狭い知見しか提供できないが、少しでも多くの方の参考になればと思う。

まず、ぼくの子の障害がなんとなく見え隠れし始めたのは、1歳になったころである。自分が引っ込み思案で、集団に馴染むのにたいそう時間がかかる性質だったので、同じ苦労はして欲しくないなあと思って、何かの集団に参加させたかったのだ。

選んだのは音楽教室だった。リトミックに学術的な興味があったとか、我が子の音楽的才能に賭けていたとか、そんな要素はまったくない。集団で行われるクラスルームトレーニングであればなんでもいいと思って、たまたま近所に音楽教室があっただけである。志は限りなく低い。

そこで思い知ることになるのだが、1歳児の集団といっても、なかなか馬鹿にできないのである。先生の顔色や態様で、また話せないながらも言葉での指示も相当通っていると思う。

そう、「指示が通る」という言い方を覚えたのも、この頃だ。「うちの子は言うこと聞かないなあ」、「っていうか、ちゃんと聞こえてるのかな?聴力検査はOKだったけど」くらいには思っていたが、まあ1歳児だしな、とも考えていた(ベンチマークとして比較対象にしている双子の片割れ(健常児)が手強い子で、あまり差を感じなかったこともこの状況に拍車をかけている)。

ところが、よそ様のお子さんは、1歳にして見事に指示が通るのである。

その後、「う~ん、みんなは先生の言葉による指示で活動ができるのに、なんでうちの子だけ羽交い締めにしないと集まれないんだろう?」とか、「おやおや?ほかのおうちは、『そろそろお子さんだけで参加できますよ』って言われてるのに、うちはいつまでも親子で参加だなあ」という経験を、延々と繰り返すことになるのだが、これが最初の1歩だったわけである。

主治医が超楽観的な人だったことも手伝い、確定診断が2歳半ばまでずれ込むことになったのは以前に書いた通りである。となると、何かしなければならない。発達障害は障害であって病気ではないから、治癒するものではないが、適切な対処法を本人や周囲が学べば、社会に馴染める余地は大きくなる。いわゆる療育というやつだ。これは、脳の可塑性が高いうちに、すなわちできるだけ月齢、学齢が低いうちに始めた方がいいとされている。2歳半まで引っ張った時点で、ぼくは出遅れているのだ。

ただ、そもそも幼稚園に行かせるつもりだったので、ここはあまり迷うことはなかった。というのも、幼稚園は3歳からである。2歳半の時点では、まだどこにも所属しておらず、療育施設に通うことになるとして、あくまでオプション扱いである。

療育施設は、それが公のものであれ、私立のものであれ、診断が出ていたり、障害が強く疑われる状況であれば0歳児から受け入れてくれるだろうから、3歳未満の段階では単にそこに行くことになるだけだ。幼稚園を辞めて療育施設に行こう、といった意思決定はしなくてよい。行く行かない、だけであれば決断のハードルは低いし、どのような療育であれ、行ったほうがいいと思う。

ちなみに、療育施設のバスに乗って、周囲の人の「あれ?あんなところにバスが停まるの?」、「見たことない施設のバスだなあ」という視線を浴びながら出発すると、なんだか遠いところへ来てしまったなあという寂寥感に襲われるが、大丈夫、2日目には慣れる。

迷うのは、すでに保育園に通っている場合だろう。

その保育園に馴染んでいるのであれば、そこから異動させるのは子どもも可哀想だし、親子ともに負担が大きい。障害の度合いにもよるが、保育園に通いながら並行して療育施設に行けることもある。保育園に籍を残しておくことは、アリだと思う。

ここから先は、極めて個人的な経験に基づいて書いている。偏った意見でもあるだろう。だから、読み流していただいてかまわない。ぼくが上記のように考えるのは、保育園のほうが障害児に寛容である場面に何度も出くわしてきたことも大きい。

理由はよくわからない。ただの偶然かもしれない。ちょっと思うのは、幼稚園は3歳からの、ある程度「完成された子ども」(定型発達の3歳は、本当に完成されている)を預かる施設なので、幼稚園の先生はあまり吐いたり漏らしたりぎゃん泣きしたり等々の、ものすごい度合いの経験はそんなにしてないよなあ、ということである。

一方、保育園はところによっては0歳から子どもを受け入れる。この差は大きい。発達障害の子どもが、とんでもないことをしでかしても、「なりの大きい0歳児」と思えば呆れずに対応できるのかもしれない。

いずれにしろ、機会があるならば、そして困っていることがあるならば、迷わず療育施設の門は叩いておくとよい。気後れするかもしれないけど、手遅れになるよりずっといい。

この記事を書いた人

岡嶋裕史(おかじまゆうし)
1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、学部長補佐。『ジオン軍の失敗』(アフタヌーン新書)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』(以上、光文社新書)など著書多数。

最終更新:7/21(日) 11:00
本がすき。

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