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横光利一「旅愁」 戦後黙殺された作家の思いとは【あの名作その時代シリーズ】

7/22(月) 12:10配信 有料

西日本新聞

横光利一が訪れたという祖先の墓。小雨が降る中、ロウソクの小さな火が揺れていた=大分県宇佐市

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は06年12月24日付のものです。

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 今でいえば、村上春樹や大江健三郎以上の存在だろうか-。そんなことをぼんやり考えながら、山道をたどった。大分県宇佐市赤尾にある光岡城跡。標高一三〇メートルの頂きに「旅愁」の一節を刻んだ文学碑はある。地元の地域おこしグループ「豊の国宇佐市塾」が市民から浄財を募り、一九九三年十月に建立したものだ。

 「家を一歩外に出たもので 胸奥に絶えず 描きもとめてゐるふるさとと 今身を置く郷との間に 心を漂はせぬものは 恐らく誰一人も ゐなかつたことだらう」

 碑文の文字は、愛弟子の芥川賞作家・森敦(一九一二-八九)が書いた。「横光を『大恩の人』と呼んでおられたのが印象的でした。書痙(しょけい)に震える手で立派な書を書いてもらいました」。碑に案内してくれた松寿敬さん(42)が振り返る。松寿さんは横光文学研究の第一人者、井上謙・元日大教授の門下生である。宇佐市塾が八八年に横光利一のシンポジウムを開いた際、頼まれて井上氏と一緒に揮毫(きごう)のあっせん役を引き受けた。その縁で宇佐市民図書館に職を得て十年になる。

 碑からは広大な宇佐平野と青い周防灘が一望できる。だが、あいにくこの日は曇り空。「もっとも、天気が良すぎてもはっきりとは見えませんが」と松寿さんは笑う。

 小説の後半、主人公の矢代耕一郎は父の納骨のため、父祖の地である宇佐を訪れる。碑の言葉はこのときの感慨だ。矢代は、光岡城にこもった祖先がキリシタン大名大友宗麟の軍勢に滅ぼされるさまを、峰々をわたる松風の音の中にまざまざと思い描く。実際の城主赤尾氏は大友方に名を連ねており、史実とはまったく逆なのだが。横光はそう信じていたのだろう。 本文:2,478文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:7/22(月) 12:10
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