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良識の府(7月22日)

7/22(月) 8:17配信

福島民報

 参院の任期は衆院の四年に対して六年ある。任期途中で改選される解散もない。だから、議員が信念や良心に基づき、じっくり議論することが期待される。「良識の府」と呼ばれたのは、それが理由だった。

 一九四七(昭和二十二)年、初の参院選が行われた。無所属議員が選挙後に結成した「緑[りょく]風[ふう]会[かい]」が最大会派となった。「日本政治辞典」(高橋正則著、国書刊行会刊)は「(1)政権掌握を目的とせず(2)会員の自由意思を拘束しない(3)中正主義-の三点をモットーとし…」と、この会派を説明する。

 初代議長には、会に所属する松平恒雄氏が就いた。幕末の会津藩主の容[かた]保[もり]の息子で駐英大使などを歴任していた。「福島百年の先覚者」(福島県発行)は「日夜を分けず、各党幹部と話し合い、議会の正常化に身命をとしていた」と記す。与野党が激しく対立しても対話を重視した。

 二十五回目の審判は、与党が改選過半数を確保したが「改憲勢力」は三分の二議席を割り込んだ。当時とは時代が違い、制度も様変わりしている。だが、理想の姿を求めた彼の足跡を振り返ることにこそ意味がある。議長就任の二年後、現職のまま亡くなった。それから七十年を数える。

最終更新:7/22(月) 8:17
福島民報

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