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吉本興業、過去の反社会勢力とのトラブルは? レコード会社乗っ取り事件、島田紳助の引退騒動など

7/22(月) 21:25配信

ハフポスト日本版

複数の芸人が反社会勢力の関与するパーティーに出席し、金銭を受け取ったとして吉本興業から処分を受けている「闇営業」問題。

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7月19日には、契約解消となった雨上がり決死隊の宮迫博之さんと、謹慎となっているロンドンブーツ1号2号の田村亮さんが吉本興業を介さずに個人で会見を開き、吉本興業の岡本昭彦社長から「(会見したら)全員連帯責任でクビ」「お前らテープ回してないやろな」などの発言を受けたことを告発した。

22日に開かれた吉本興業の会見では、岡本社長がそうした発言を概ね認め「冗談のつもりだった」などと釈明した。

吉本興業や所属芸人と、反社会勢力との関りはこれまでも何度も問題に上がってきた。

「吉本興業百五年史」には、「コンプライアンスの強化に向けて」という項目に、反社会勢力などとの関係について「興行の世界では古くから様々な業界と接点があったことは事実である。しかし、反社会勢力に会社の経営をゆさぶられるような状況では、すでに許される時代ではなかった」などと記されている。

吉本興業は、こうした関係を清算できているのだろうか。これまでの事件と吉本興業の対応を振り返る。

吉本興業取締役「暴力団バックにレコード会社乗っ取り」で兵庫県警が逮捕

1968年1月、吉本興業取締役で元社長の林正之助氏が恐喝の疑いで兵庫県警に逮捕された。林取締役は、吉本興業の創業者・吉本せい氏の実弟。

この際、林取締役は当時の山口組・田岡一雄組長と組んでレコード会社を乗っ取ろうとしたとして、吉本興業も捜査を受けた。

1968年1月11日の朝日新聞朝刊などによると、当時の兵庫県警の発表では、1961年2月、日本ビクターの下請けとしてマーキュリーレコード会社を設立した男性に対し、林取締役らは「ビクターの仕事をするには製品を納める会社がなくてはうまくいかない」「山口組の組織があるから、レコードの販売、製造がうまくいくのだ」などと脅しつけ、事実上マーキュリーレコード会社を乗っ取った。

その上、建物共同使用協定として、男性から毎月7万円を「家賃」として収集していた。また、この会社の株や、男性らが所有していた食品会社の株などを脅し取ったという。

当時の兵庫県警の調べによると、林取締役らは戦前から興行を通じて山口組幹部と親交を結んでいた。このことから、多額の上納金が長い間山口組へ流れていたとみられる。

事件をめぐっては、吉本興業の元取締役で、経理部長だった男も詐欺や有価証券虚偽記入の疑いで捜査を受けている。

この経理部長の男は、非合法な手続きで資本の裏付けなく発行された株券(ダブル株券)90万株を発行。金融ブローカーへ流していた。

このダブル株をネタにして恐喝を受けた吉本興業から、多額の資金が暴力団に流れていたことも発覚した。吉本興業は当時、一部上場企業だった。

逮捕直後の1969年には、林氏は吉本興業の会長職として復帰。翌70年からは再び社長を務め、1973年から1991年までの長きにわたり、会長を務めていた。

「お笑い界のドン」と呼ばれた林氏が1917年に入社してから1991年の退社・死去までに、吉本興業はエンタテインメントの一大産業をになう巨大な会社へと成長。

林氏が興行に携わっていた時代を振り返ると、戦前には横山エンタツ・花菱アチャコ、漫才ブームでは横山やすし・西川きよしや今いくよ・くるよなど、そして明石家さんまや島田紳助、ダウンタウンら、名だたるスタータレントたちが生まれた。

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最終更新:7/22(月) 21:33
ハフポスト日本版

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