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マーケティングは自分に関わる全てを幸せにするサイクル――アドビ 小沢 匠氏が音楽から得た本質

7/23(火) 19:11配信

ITmedia マーケティング

 クラウドを活用したサブスクリプションモデルへの転換をいち早く実行に移したアドビ。今回は、その大変革プロジェクトの立役者であるアドビ システムズ(以下、アドビ) カスタマー ソリューションズ統括本部 プロフェッショナル サービス事業本部 執行役員 事業本部長の小沢 匠氏の元を訪れ、マーケティングの本質について話を聞いた。

キャリアのスタートは音楽家から

 アドビの執行役員ともなれば、外資系コンサルティングファーム出身か、あるいは米国の大学院を卒業したMBAホルダーかと思いきや、小沢氏は元音楽家なのだという。

 3歳からバイオリンを始め、クラシック一筋で武蔵野音楽大学に進学。しかしある日、母親に連れられて聴きに行ったジャズバイオリニストのステファン・グラッペリの追悼コンサートで、初めてジャズに出会った。ここから小沢氏の人生は急転することとなる。

 ジャズに魅了された小沢氏は大学にはほとんど行かず、六本木のジャズバーに入り浸るようになる。そこで周りの大人たちから「ジャズをやりたいなら絶対にバークリー音楽院へ行け」と強く勧められ、大学を中退してバークリー音楽院のあるボストンへと飛んだ。

 「演奏で食うのはとても厳しい。映像音楽で稼ぎながら好きなことをした方がいい」と日本の師匠にアドバイスを受けていた小沢氏は、バークリーでは映画音楽作曲を専攻し、映画やテレビなどの映像に音を付ける技術を学んだ。

 バークリーを卒業後、小沢氏は音響効果の仕事を求めてニューヨークに渡った。ニューヨーク大学をはじめ、映画を学べる学校を見つけては、“Need music for your film?”という短いメッセージと自分の連絡先を書いたメモを張る日々。そこから連絡が来た仕事を受けているうちに、スタート時は無報酬だったのが1作品につき100ドル、200ドルと徐々に上がり、2000ドルまでもらえるようになっていった。

 映画音楽家として身を立てる道筋が見えてきた矢先、小沢氏は父親が病気で余命半年だという事実を知る。25歳のときだった。「僕の中に、帰国する以外の選択肢はありませんでした」(小沢氏)

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最終更新:7/23(火) 19:11
ITmedia マーケティング

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