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田村 龍弘選手(光星学院-千葉ロッテマリーンズ)「プロに行くなら捕手でいけ。野球頭は長けたものがあった」

7/23(火) 21:00配信

高校野球ドットコム

 2012年の高校野球は大阪桐蔭が春夏連覇を果たしたが、最強の挑戦者として大阪桐蔭に立ち向かったのが光星学院(現・八戸学院光星)だった。2011年夏から三季連続甲子園準優勝は、史上初の出来事でもあった。その中心選手だったのが3番キャッチャー・田村 龍弘(現・千葉ロッテ)、4番ショート・北條 史也(現・阪神タイガース)の2人だった。

まずは2016年、初のベストナインを受賞。今年のENEOS 侍ジャパンシリーズ2019 「日本 vs メキシコ」では日本代表に選出された田村 龍弘選手の高校時代を仲井 宗基監督について語っていただいた。

田村に捕手転向を勧めた2つの理由

 田村が入学したとき、仲井監督は田村のレベルの高さに衝撃を受けた。
「もう私が見た中では、高校生のレベルで考えれば一番の選手でした。飛ばす能力もありましたし、打率が高い。野球に対しての考え方もしっかりとしていましたし、どんな投手にも対応ができる技術がすでに備わっていました。打撃については飲み込みが早いですし、特にいじったこともありません。ただ1つ言ってきたのは、彼は体がスウェーする癖があった。中学時代、飛ばしたいという思いが強かったんでしょうね。

 泳いで捉えても打球を飛ばすことができたんですが、彼がプロを目指すことを考えれば悪い癖ですし、高校レベルとなれば、140キロのストレートと合わせて良い変化球を投げる投手も出てきます。そういう投手に対応ができないので、それは直すように伝えました」

 田村はすぐにスタメンを獲得し、1年夏には6番レフトでスタメンデビュー。2試合目となる3回戦の三沢戦で3打数2安打、準々決勝の弘前学院聖愛戦では4打数2安打2打点の活躍を見せるなど、上々のデビュー戦となった。そして新チームになると、猛打爆発。秋の公式戦では、5本塁打、16打点、打率.500と打ちまくり、東北大会準優勝を経験し、そして2011年の第83回選抜高等学校野球大会に出場。初めて甲子園の地を踏んだ。選抜では2試合で6打数2安打の活躍、夏は甲子園準優勝を経験した。当時の活躍について仲井監督はこう振り返る。

「田村が凄かったのは対応力といいますか、あいつが凄いのは投手によってタイミングを変えられたり、2ストライクと追い込まれても打撃スタイルを変えることができる。そこは本当に非凡だなと思いました」

 そして2年秋、田村は捕手として出場し始める。一般的には2年秋から捕手に転向したとみられているが、実は田村は2年夏前から捕手を始めていた。その理由とは?

「本人はプロに行きたい強い気持ちを持っていました。僕は田村のことを高校生のレベルではナンバーワンと言いましたが、プロが活躍する選手は、ポテンシャル的なモノもかかわってきます。田村は技術、頭脳的なモノは素晴らしい選手ですが、体が小さいので、評価を受けにくいタイプ。プロに行けるとすれば、捕手しかなかった。野球頭は長けたものがありましたので、チームとしても田村の頭脳に託そうと思っていました」

 実際に使ったのは夏前の練習試合だけだったが、練習試合の様子を見て、「これはいける」と仲井監督は感じた。秋以降、田村は攻守で中心的な存在となる。

 捕手としての能力は総合的に高い田村だが、特に素晴らしいのはスローイングだ。2015年には、パ・リーグ1位の盗塁阻止率、そして昨年もパ・リーグ4位の盗塁阻止率を誇っている。高校時代からスローイング能力は際立っていた。仲井監督によると田村は捕手を始めてからも捕ってから投げるまでが早かった。
「僕はスローイングについて教えていないですね。とにかく速くて、審判がついていけていないというんですよ。それぐらいすごかった」

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最終更新:7/23(火) 21:00
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