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火野葦平「花と龍」 荒波に生きた母マン【あの名作その時代シリーズ】

7/25(木) 12:15配信 有料

西日本新聞

玉井金五郎とともにマンが過ごした若松港。海を見つめる女性とマンの姿が重なって見えた=北九州市若松区

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年1月7日付のものです。

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 北九州の片隅に、気丈で進歩的な考えを持つ明治生まれの女性がいた。職業は、石炭を船に積み込む、地元で「ごんぞう」と呼ばれる「沖仲仕(おきなかし)」だ。男とともに汗を流し、すすで顔を真っ黒にしながら働いた。だが、日当は男の六割だった。

 〈男の中にだって、女の半分もできん人があるんじゃけ。それでも、賃銀は定められたとおり。不公平やわ〉

 谷口マン。後に、火野葦平の母となる人物だ。小説「花と龍」の中で、マンはこう言い、矛盾をさらりと突く。一九〇〇年代初め、婦人参政権さえない時代にだ。

 この作品は、葦平の両親の物語だ。一介の沖仲仕からたたき上げ、裸一貫で北九州の若松に石炭荷役請負業「玉井組」を築いた任侠(にんきょう)の父、玉井金五郎とマン。金五郎の左腕にある、菊を握った昇り龍の入れ墨から作品名「花と龍」がつけられた。仕事の激しい奪い合い、反目、血なまぐさいけんか。荒々しい男の戦いが全編を貫く。

 だが、もう一つ、しっかりと編まれたものがある。マン。時代の荒波に生きた女の足跡である。

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 「花と龍」は五二年六月から約一年間、全国紙に三百二十四回連載された。金五郎の死から二年後に執筆した、鎮魂の作だった。

 「この作品で、作家火野葦平が誕生した。もう、戦争を引っ張っていない」。葦平の三男で、若松区にある葦平の旧居「河伯洞(かはくどう)」管理人の玉井史太郎さん(69)が語る。 本文:2,740文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:7/25(木) 12:15
西日本新聞

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