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【門間前日銀理事の経済診断】 長期停滞の時代 金融政策に限界

7/25(木) 14:30配信

ニュースソクラ

やりくりの議論が活発だが、的外れ

 金融政策の責務(mandate)は、一般に「物価の安定」とされている。厳密にいえば、米国連邦準備制度(Fed)の責務は「物価の安定」および「雇用の最大化」と定められており、これは「二つの責務(dual mandates)」と言われている。

 ただ、明示的に「雇用の最大化」が定められていない日銀のようなケースであっても、インフレが懸念される状況でない限り、景気や雇用を下支えする役割も当然のこととして期待されている。これは、やや長い目で見れば、「物価の安定」も「経済の安定」も概ね同義とみなすことができるためであり、先進国の中央銀行の責務に実質的な差はほとんどない。

 さて、この「物価の安定」が金融政策の責務とされている理由は、物価の変動が中長期的には「貨幣的な現象(monetary phenomenon)」と考えられているからである。ここで「貨幣的な現象」というのは、文字通り貨幣量と物価が比例するという意味ではなく、物価は最終的には金融政策でコントロールできる、というぐらいの意味である。

 言い換えれば、中長期的な「物価の安定」は、中央銀行が合理的な範囲の努力で、かつ他の主体よりも効果的に実現することができる、という考え方が現代の金融政策の土台をなしているのである。

 この考え方は、20世紀のとくに後半、多くの国がインフレ体質であった歴史的状況を背景に確立された。当時は、「物価の安定」の主たる内容として、高いインフレの是正ないし防止が念頭に置かれていた。

 金利に上限はないという意味において、中央銀行がインフレを抑える能力にはもともと限界がない。あとはポピュリズムに対抗しうる制度的な支えと、的確な情勢判断を動機づける責任体制があればよかった。中央銀行の独立性と透明性が強化されてきた背景には、そのような歴史的必然性があった。

 ところが近年の先進国では、金融政策を取り巻く環境は一変した。「物価の安定」という際に主に念頭に置かれるのは、低すぎるインフレ率を高めることであり、総需要や雇用を可能な限り改善させることである。しかしここで、金利には上限はないが下限がある、という非対称性が問題になる。金利をゼロ以下に全くできないわけではないが、マイナスにできる幅にはおのずから限界がある。

 つまり、デフレや低インフレを是正するという意味での「物価の安定」が金融政策の責務になってしまうと、その責務が中央銀行の合理的な範囲の努力で実現できるかどうかは明らかではないのである。少なくとも、インフレ抑制の場合に比べれば、中央銀行が発揮できる力は格段に落ちる。

 しかも、その責務遂行をさらに難しくする大きな構造変化が、実体経済に起きている。ローレンス・サマーズの言う「長期停滞(secular stagnation)」である。先進国は、経済成長力の低下や慢性的な資金余剰により、経済が完全雇用の時でも金利水準が低い、という構造的な低金利の時代に入っている可能性が高いのである。

 そうなると、循環的に景気が良い時ですら金利水準は初めからゼロに近いので、経済や物価に下押し圧力がかかったとき、金融政策が動ける範囲は限られる。この状態で景気後退にどう対応すればよいのだろうか。

 そんな危機感を背景に、Fedは現在、金融政策の枠組みに改善を図れないか、大掛かりな議論を始めている。6月初めにはシカゴ連銀で、外部有識者を広く集めて、2日間にわたるコンファレンスも開催した。Fedは今年後半を中心に議論を深め、来年前半にその結果を公表するとしている。

 パウエル議長をはじめとするこれまでのFed幹部の発言等を踏まえると、(1)2%インフレ目標の強化、(2)短期金利以外の緩和手段の確認、(3)情報発信の改善、などが主な結論になりそうだ。しかし、低金利時代の金融政策の限界という本質的な問題に対して、これらが意味のある答えになるようには思えない。

 それでもFedはまだ恵まれた方だ。現在、完全雇用はほぼ実現されているし、インフレ率も2%に近い。政策金利も2%台前半である。今回のFedの枠組み論は、今はまずまずうまくいっているが、先々直面しうる問題にも備えておきたい、というやや余裕ある立場での取り組みなのである。

 この点、欧州や日本の中央銀行は、既に徳俵に足がかかった状態にある。ここから景気に大きな下押し圧力がかかった場合、日本は財政が柔軟に出動できるとしても、欧州はどうするのだろうか。

 低成長・低インフレ・低金利の時代に、金融政策だけで「物価の安定」の責務を背負い、経済に降りかかる負のショックへの対応を引き受けることには、根源的な無理がある。

 金融政策に限らずいかなる経済政策においても、その時代の特徴や政策手段への正しい洞察に立って、そもそもの責務が適切に選択されなければならない。さもなければ、責務遂行に向けた善意の政策努力が、かえって経済にひずみをもたらしてしまう。

 金融政策の「枠組み」を巡る議論が無益とまでは言わないが、事の本質からは外れている。インフレの抑制を念頭に置いて確立された「責務」そのものが、再考されるべき時期に来ているのである。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:7/25(木) 14:30
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