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斎藤 佑樹投手(早稲田実業-北海道日本ハムファイターズ)vol.4「プロに飛び込み、野球人として成長した」

7/25(木) 21:01配信

高校野球ドットコム

 2006年夏の甲子園。この年の甲子園は熱戦が多く、今でも思い出深い大会と答えるファンが多い。そう感じさせるのには、斎藤 佑樹(早稲田実業)の存在が大きいだろう。夏は1996年以来の出場となった早稲田実業のエースとして、大阪桐蔭など数々の強豪を破る原動力となった。

 決勝戦では駒大苫小牧と対戦。田中 将大(ニューヨーク・ヤンキース)と投げ合いを行い、延長再試合を経験。そして再試合を制し、全国優勝を掴んだ。優勝するまでの斎藤の熱投、ハンカチを取り出して汗をぬぐう仕草は全国の高校野球ファンの心をつかみ、ハンカチフィーバーを起こした。全4回にわたっていきたコラムの最終回は、決勝再試合と斎藤佑樹へのメッセージを、和泉 実監督に伺った。

自ら全国レベルをイメージして取り組める世代だった

選抜での経験があったので、夏は決勝戦終了後、和泉監督はMTGも一切行わず、選手たちの疲労回復に努めたのだ。それがすべてではないと和泉監督は語るが、決勝戦再試合では、1点を争う好勝負を見せる。

 1回表、斎藤が無失点で切り抜けると早稲田実業打線は1回裏、2回裏に1点ずつ得点。6回表に1点を返されたが、直後の6回裏、そして7回裏に1点ずつ追加点をあげ、4対1とリード。斎藤は9回表、本塁打を許し1点差に迫られたが、最後、田中を三振に打ち取り試合終了。決勝戦の再試合でも斎藤は13奪三振の快投を見せ、見事に優勝、伝説の男となったのだ。懸念されていた野手たちも無失策の守備を見せ、斎藤を盛り立てたのであった。

 この優勝を振り返って和泉監督は、「あの代は様々な経験を積んで、自ら全国レベルをイメージして取り組める世代でした。だから何かを掴んだ時の成長には爆発的なものがありました。あれを見て、我々が余計なことを教えていないか、余計なことを選手たちに伝えていないかと、常に感じるようになりましたね」

 斎藤は最初から素晴らしい実績を残したわけではない。2年夏には日大三に打ち込まれ、2年秋の明治神宮大会では駒大苫小牧と対戦して打ち込まれるなど、苦い経験を味わってきた。どうすれば勝てる投手になれるのか、自分で考え、実力を伸ばしてきた。それが全国制覇という最高の形となって現れたのだ。早稲田実業は選手の自主性が強いチームだが、その色が濃くなったきっかけに2006年の優勝があったことは間違いない。

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最終更新:7/25(木) 21:01
高校野球ドットコム

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