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日本のアニメはNetflixに支配される? プラットフォーマーによる地殻変動の意味

7/30(火) 9:42配信

弁護士ドットコム

日本のアニメ産業が好景気だ。日本動画協会の「アニメ産業レポート2018」によると、アニメ市場全体は2017年、初めて2兆円を突破した。長らくテレビ放送中心だったアニメは、Netflixなどネット配信のプラットフォーマーにシフトして、大きな地殻変動が起きつつある。Netflixは『DEVILMAN crybaby』など、オリジナルアニメ作品にも力をいれているのだ。

こうしたプラットフォーマーへのシフトには、どんな背景があるのだろうか。そして、日本のアニメを取り巻く環境はどうなっていくのだろうか。コンテンツ産業にくわしい国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)客員研究員の境真良氏に語ってもらった。

●Netflixとテレビアニメの違い

Netflixはアニメ業界でもリリース先として定着してきており、非常に存在感があります。しかし、アニメ制作会社との契約内容に関しては、秘匿性が高く、多くの場合、関係者に訊いても答えてもらえません(ホントです)。

とはいえ、いろいろな情報を総合すると見えてくるものがあります。それは「契約額」と「契約内容」において、テレビアニメと顕著な違いがあることです。

まず、契約額についてですが、金額はかなり高いようで、作品の制作費用のかなりの部分が賄えているという情報もあります。側聞する限り、テレビアニメの金額を下回ったという話はあまり耳にしません。

そして、Netflixの契約内容は、グローバルなネット配信の許諾です。基本は、Netflixの独占配信を許諾するというものですが、一定期間経ったあとは、他の配信プラットフォームでの配信を認めるものもあるようです。作品ごとに違うので、個々の事情を勘案しているようです。

●テレビアニメで「製作委員会」がつくられるワケ

さて、アニメビジネスの点から見て、まず、注目されるのは契約内容のほうです。

アニメの「製作」(企画立案・資金調達など)、つまりビジネス面から見た作品づくりの手法では、「製作委員会」が一般的です。日本の著作権法では、アニメは「映画の著作物」の1つで、その著作権は「製作者」に帰属します。製作者は、発意と責任ある者とされており、一般的には「資金を出した者」として扱われています。

資金拠出は、作品をつくる出発点です。資金を出した以上、「制作」(作品づくりそのもの)が失敗すれば、それを失うかたちで責任をとることになるから、というわけですね。ここで、アニメをつくるにあたり、多くの事業者が集まって資金を出し合う場合、出資者みんなで製作者の役を引き受けると見立てます。これを「製作委員会」と呼んでいるわけです。

ところが、ここを分解していくと、製作委員会は論理必然な形式ではありません。

製作委員会の中を覗いてみると、だいたいがアニメ制作会社や、テレビ局、映画配給会社、レコード会社、広告代理店などの事業者で構成されています。冷静に考えると、テレビ局や映画配給会社は、放送や映画の劇場公開をする事業者で、利用者です。レコード会社も主題歌などのレコードを商う事業者なので、利用者です。つまり多くは、作品の利用者です。

著作権法的に見ると、作品の著作者に利用許諾をもらう方の人です。それが、いわば許諾に際して支払うべきお金を先払いして、それを投資資金とみなすことで、製作委員会の仕組みはできているわけです。

さて、もしも制作者が自力ですべての資金を拠出できれば、製作委員会なんてなくていいことになります。ただ、テレビ放送するあても、劇場公開するあてもなく映画をつくると、それこそつくったはいいけど、公開できないということになりかねません。

作品は公開して初めてお金を生むわけですから、それでは水をドブに捨てるようなものです。そこで、制作者からすると、製作委員会は、公開に必要なビジネスパートナーをあらかじめ作品に縛り付け、そんな事態にならないよう保険をかけておく、という意味合いもあります。

●Netflixは「製作者」に入らない

だから、テレビ局は、製作者に入っているのですが、Netflixは、作品制作をする前に、それ以上の資金を支払っていながら、製作者に入らないのです。

実は、これは米国流、あるいはハリウッド流といえます。ハリウッドでは、独立した製作者が存在し、これが資金調達から、制作会社の決定から何からおこない、作品のビジネスをつくります。

原則として、テレビ局も映画配給会社も、事前にお金は出すのですが、あらかじめ作品の利用許諾を受けるという意味で、著作権の行方には影響しません。これを「プリセールス」といいます。それだけに、万が一、制作が上手くいかなければ、契約不履行の責任も含めて製作者が一手に責任を背負うことになります。

ただ、これは製作者に厳しい反面、機動的にビジネスをおこなうには有利な仕組みだとも言われています。かつて言われていたのは、ハリウッド流は、個人または少数の「製作者」が意志決定できるから機動的だが、日本の「製作委員会」方式は合議制なので意志決定が遅い、ということです。

ただ、今では「幹事会社」の仕組みが発達していますので、そんなことはありません。むしろ、製作委員会に利用する会社が含まれていて、そちらの事情で、利用許諾をする際に制約がかかる場合がある、ということのほうが問題になる部分でしょう。いずれにせよ、ハリウッド流のほうが自由度が高いことは、その通りです。

ですから、ビジネスの自由度は制約せず、また公開の約束もついて、なおかつ金額が大きいとなれば、Netflixの資金にアニメ業界が色めき立つのは当然のことです。

●日本のアニメは世界でウケてきたが・・・

もう1つ、Netflixを特徴づけるのが資金量です。この点で、Netflixの革新を理解するには、アニメの公開範囲の拡大とその歴史という視点が大事です。

そもそも、アニメに限らず、近代のコンテンツ産業はすべて、作品を複製し、消費者に作品を届けるビジネス、つまりメディア産業の上に成り立ってきました。どの作品が、どのメディア事業者に扱われるのか、あるいはどういうメディアで公開されるのかは、ビジネスの仕組みで決まります。

作品をつくる段階で予定されている公開方法というのは、製作委員会方式でメディア事業者を取り込むのであれ、ハリウッド流にプリセールスするのであれ、あります。しかし、それ以外の、予想を超えた公開の拡がり、というのも、またありうることです。

テレビアニメの歴史はまさにそれです。よく知られた話ですが、『鉄腕アトム』は、日本で放送されることを予定してつくられた日本のテレビアニメですが、米国をはじめとして世界中で放送されました。テレビアニメのビジネス史は、日本という市場を想定された基礎市場としつつも、海外の市場での発展可能性を常に見据えた挑戦史でもありました。

今でこそ、クール何とかと言われますが、すでに1980年代には、日本のアニメが世界でウケていることは、アニメ界の常識だったと言っていいでしょう。実際に、『アストロボーイ』(米国放送時の『鉄腕アトム』のタイトル)や、『ゴルドラック』(フランス放送時の『UFOロボ・グレンダイザー』のタイトル)の伝説がありました。

また、『名探偵ホームズ』や『ユリシーズ31』などの国際共同製作や海外向け製作というのもはじまっていましたから。しかし、アニメ制作会社にとって、遠く海外メディア企業と連絡調整をしていきながらアニメ制作をしていくことは、やはり、かなりの負担だったといえるでしょう。

それどころでなく、世界には多くテレビ局がありますから、アニメ制作者の目が届かないところで勝手に作品を放送させちゃう代理店とか、どこかから入手したマスターテープを使って勝手に放送する放送局というのもいたのです。作品の公開範囲はビジネスで決まりますが、技術的には、コンテンツさえ入手してしまえばそれを公開することは可能ですからね。もちろんこれは違法で、いわば「海賊版」なのですが、のちにビデオやVCD、DVDというメディアが登場すると、この海賊版は止まらなくなります。

加えて言うと、日本のアニメビジネスは、作品の公開だけでなく、物販、いわゆるマーチャンダイズが大きな資金回収源です。それがキチンとできる市場であるためには、市場の管理人が必要です。それを自分でできるのはやはり国内ですし、そもそもそんな市場管理ができない国というのも多いわけです。

●日本のメディア産業は国内に閉じていた

それでも、理論上、海外展開は儲かるはずです。

しかし、日本のアニメ産業は、日本のメディア産業、特にテレビ産業の上にあり、そして日本のテレビ産業は、この国際的なコンテンツ商品を懐に抱えながらも、あくまで日本という市場に閉じていたのです。この点で見ると、米国では、映画やレコードに「メジャー」という存在があって、世界中の映画配給会社に米国から作品を供給する体制をつくっていました。

そういう仕組みが日本のアニメでもできないか、特に米国のメジャーが自国内に作品を供給するメディア企業から世界の同業者に作品を供給する事業者に発展した例に鑑み、だったら日本のテレビ局がそうした世界に作品を供給する事業者になれないか、と期待されてきたのも事実です。

けれども、アニメについては、二重の不都合がありました。

第一の不都合は、世界のテレビ産業は、いまだにテレビ局が相互に作品を売買する比較的フラットな構造にあり、他国の作品に全面的に依存してビジネスをするようなテレビ局はそうそうなく、需要と供給の関係上、放送番組供給での収益は海外番組販売という国内ビジネスとは異質な業務をする割には大きくならないということです。

一つの例外は衛星放送で、アニメでも有料放送の「アニメ専門チャンネル」はそれなりに成長しましたが、各国の許認可制度や放送衛星の費用などからこちらもそれほど美味しいビジネスではありませんでした。第二に、そもそもテレビ局にとってみれば「アニメ」はいわば「養子」で、自社で手間暇かけてつくったホントの子どもではない、ということもありました。

●インターネットでの「市場」づくりをめぐるテレビ局との葛藤

ここまでがアニメの海外ビジネス第1期のお話とすれば、こうした放送の世界でのビジネス拡大から目を転じて、インターネット上でグローバルなビジネスを新たに作ろうというのが、第2期のお話です。

ただ、ここでも話は逆風から進みました。というのも、インターネットは、まず何より「海賊版」の巣窟になったからです。こういう駄目な市場空間にちゃんとした市場をつくるには、違法な公開を差し止める制度の制定や、市場を監視して違法公開を摘発していく管理機能の樹立が必要です。

日本のテレビ産業には、そもそも、ちゃんとした市場がありました。弱点であるタイムシフト視聴も、日本の場合、ビデオや、DVDのパッケージビジネス、そしてレンタルビジネスがありましたから、インターネットの上にそんな市場空間をつくる必要はない、と当初は考えていたフシがあります。

むしろ、仮に海外向けビジネスのためにネット視聴を黙認すれば、国内の視聴者もネットを見るという「還流」を生み、当時大きかったパッケージビジネスを毀損する可能性が高かったわけです。「オマケ」のような海外市場開拓のために、そんなリスクは負えないわけで、インターネットでの番組視聴機会は根絶してもいい、というのが本音だったかもしれません。

しかし、インターネットが国境を越えたグローバルな市場を支えるメディアになる可能性は十分にありました。各国の管理制度も少しずつ整っていきました。そして、パイオニア達(テレビ局からの果敢な挑戦者を含む)の活動が根強く続いていったのです。

●オリジナル作品をつくるメディア、というすごさ

そして、さまざまな挑戦と葛藤の中から、米国の「クランチロール」や、中国の「優酷」「土豆」のような配信会社が出てきます。

これらは、もともと無料の動画配信サイトで、ある意味では「海賊版大手」だったわけですが、成長ゆえに、日本の事業者や自国政府のお目こぼしを受けられなくなったり、海賊版業者同士の競争もあったりして、正式な許諾を受ける方針に転じた事業者です。実は、海賊版事業者が、心を入れ替えて正規版事業のパートナーに変わる、というのは、この方面では一つの典型的な環境改善モデルです。

しかし、「クランチロール」や「優酷」「土豆」はあくまで、すでにできあがった作品の二次利用モデルに過ぎません。そこから入る収入も限定的になります。

だからこそ、Netflixが、第3期の出発点として注目されているわけです。Netflixのすごさとは、ネット上に生まれた世界規模のメディアであるだけでなく、オリジナル作品をつくるメディアである、ということです。

「各国の放送産業・映画産業の上に立つ二次メディア」という路線もありえたはずですが、Netflixはそれを越えて、「オリジナル作品によるグローバル一次メディア」、あるいは「ネット上のグローバル放送局」(もちろん、著作権上の「放送」ではないので、これは比喩表現です)を目指しています。そして、それは部分的に達成できていると思います。

そう考えると、最初の質問である「アニメ産業がプラットフォーマーにシフトした理由」というのは、一言で言えば、「日本の放送局がグローバルな放送産業に脱皮できなかったからだ」ということになります。もちろん、「それは最初から限界があったのだ」と一言付け加える必要はあるでしょう。

●Netflixに支配される?

日本のアニメは、Netflixに支配されてしまうのではないか、という懸念もあるようです。

まず、こうしたネットワーク的な市場は、たしかに自然独占性が高いです。しかし、基本的には独占というよりも、寡占化が基本で、3~4社の存在余地はあります。また、お国のネット政策上、世界と切り離されている中国などは、別の市場空間と見てよいでしょうから、さらに多くの事業者が存在可能かもしれません。

事業者間の談合がないかなど、独禁当局(日本の『独占禁止法』に相当する法律を所管する行政当局のこと)にも監視してほしいところですが、彼らが収益のほとんどを持っていく、ということはないのではないかと思います。この面では、Netflixが著作権そのものをもたず、配信許諾を受けるだけのモデルだということが効いていて、契約で縛られた部分以外では、製作者はアニメ作品を他メディアで公開することもできるわけです。ですから、まずNetflixで、次に地上波や衛星のテレビ放送で、という公開方法が拡がるかもしれません。もちろん、その収益は、製作者のものになります。

また、マーチャンダイズが、Netflixなど、ネット上の新たな放送局の展開とあわせてできれば、もっと収益構造を強くできるはずです。もちろん、ここは日本の関連事業者の海外展開力や、アニメ制作会社の海外ライセンシー開拓力などが求められるところではああります。

●アニメ制作能力は世界に広がっている

ただし、もっと注意すべきは、アニメ制作能力が、日本を越えて世界に拡大していることです。

Netflixを軸にして話したので、比重が小さくなりましたが、中国でも、アニメのネット配信は進んでいます。中国もアニメ制作発注国として、日本アニメ産業の新たな市場、収入源となっています。

しかし同時に、中国では日本型ともいえるアニメ制作力があり、自国産アニメのエコシステムができあがりつつあります。米国でも『ボルトロン』のような、そのまんま日本アニメの米国自国産作品があります。

日本アニメは50年以上の世界浸透の歴史があり、そのミーム(文化・技術・考え方)は世界にすでに広まっています。ここからは、世界の「日本アニメ」が市場競争する時代を見据える必要があります。

「ネット上のグローバル放送局」の競争の核心はまさにここにあり、日本アニメ産業はそこで戦わなければならないのだと思います。幸い、日本はより基礎的なコンテンツ領域の小説やマンガで世界的にも定評がある市場ですので、この競争の中で勝ち抜ける可能性は十分あると思います。

●「京アニ事件」を越えて

最後になりますが、京都アニメーションの事件には、心からお見舞い申し上げます。

亡くなった方とそのご遺族の方には言葉もありません。すべての被害者と、京都アニメーションと関係者の方々にも重ねてお見舞い申し上げます。

しかし、この事件で日本社会が気づいたことは、日本のアニメがつくりあげてきた世界のファンとの関係性の深さ、尊さであり、それを生み出した日本のアニメ産業の真面目な努力だと思います。次の時代は、制作力の競争の時代です。この産業と文化の分野をいかに発展させていくのか、日本社会の姿勢も問われるのではないでしょうか。

弁護士ドットコムニュース編集部

最終更新:7/30(火) 9:42
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