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アップルがインテルのモデム事業を買収する本当の理由

7/31(水) 9:00配信

アスキー

アップルがインテルのモデムチップ事業を10億ドルで取得する。だが、アップルがモデムチップを内製できたとしてもクオリティは疑問だ。本当のねらいはクアルコムとの交渉を有利に進めることではないか。

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Intel Corporation
 
 アップルは、インテルからスマートフォン向けモデム事業を買収すると発表した。買収額は10億ドル(約1100億円)。これにより、インテルのモデム事業における知的財産や設備、2200名の従業員をアップルが取得する。取引は2019年第4四半期に完了する見込みだ。
 
 そもそもインテルのスマートフォン向けモデム事業はドイツのインフィニオンが所有していた事業が母体となる。
 
 かつて、iPhoneはインフィニオンのモデムチップを採用していたが、その後、アップルはクアルコム社製に切り替えた。しかし、クアルコムのモデムは高価で、アップルとしてはクアルコムから高額な条件をふっかけられるのに嫌気が指していていた。その後、アップルとクアルコムは特許紛争に突入するなど関係が悪化。
 
 2017年にはiPhoneにクアルコムと併用してインテルのモデムチップが採用され、2018年にはインテルに一本化された。
 
 この流れによって、将来にはiPhoneの5Gモデムチップもインテルが開発するかと思われたが、製品化に難航。2019年にはAndroidでクアルコムのモデムチップを載せた5Gスマホが相次いで登場する中、アップルとインテルはiPhoneへの5Gモデム搭載のめどすら立たない状況に陥った。焦りを見せたアップルが、ついにクアルコムと和解。5G対応のiPhone開発が前進した模様だ。
 
●Android勢に優位に立ちたいアップル
 一方、インテルとしては、アップルとクアルコムの関係が修復されたことで、モデムチップの大口顧客であったアップルを失うことになった。これにより、事業の採算が取れないということで、スマートフォン向けモデムチップ事業自体から撤退。結果として、事業そのものを売却し、アップルが買収するに至ったのだ。
 
 アップルとしては、競争が激化するスマホ事業において「自社開発で差別化したい」という狙いがあるのは間違いない。
 
 ディスプレーやカメラなど見た目で差別化が難しくなっているスマホにおいて、今後、重要な要素となってくるのがチップセットの部分だ。アップルではもともとiPhone向けにSoCを自社設計しており、さらに機械学習などのAIにも対応させている。また、カメラにおいてもISPを自社開発するなど、まるで「下町ロケット」の帝国重工のように「キーテクノロジーの内製化」を急いでいるのだ。
 
 そんな中で買収したインテルのモデムチップ事業。今後、5G対応での競争が過熱すると見られる中、アップルとしてはモデムチップも自社設計することで、Andorid勢に優位に立ちたいのだろう。
 
 しかし、このアップルの思惑がどこまで成功するかはかなり不透明だ。
 
●クアルコムには3Gや4Gのノウハウがある
 クアルコムにはスマートフォン向けモデムチップに関する膨大な特許が存在する。
 
 もちろん、アップルもこうした特許を利用することは可能だが、その際にはライセンス料が発生する。ただし、インテルのモデムチップ事業も特許を持っているので、「クロスライセンス」という形で、負担額をおさえることは可能だろう。
 
 だが、クアルコムは、モバイル業界においての長年のノウハウが蓄積されている点が強いとされている。
 
 たとえば、モデムは無線につながるのが役目だが、世界には何百というキャリアが存在し、それぞれ、GSM、W-CDMA/HSPA、TD-SCDMA、LTE、5Gなどの規格が存在する。
 
 それぞれの規格にきちんと接続するだけでなく、電波の状況に応じて、自在に切り替えるのに相当、ノウハウが必要なのだ。
 
 また、キャリアアグリゲーション(CA)として、複数の周波数帯を束ねて高速化させるという技術があるのだが、この周波数帯も国やキャリアによって使っているものが異なるため、周波数を束ねると言っても、何億という組み合わせが存在するという。
 
 クアルコムは他社に比べて圧倒的にこうしたノウハウを蓄積しているとされるのだ。
 
 かつてのインテルは、3Gや4Gを軽視し、5Gから開発に注力して、クアルコムに戦いを挑んでいた。確かにパソコンなど、ユーザーがあまり移動することなく、5Gの電波だけがつながればいいようなデバイス向けであればなんとか事業化できるかもしれない。
 
 しかし、スマホのように常に移動しながらネットに接続するデバイスでは、3G、4G、5Gと、状況に応じて使う技術が異なるため、5Gの技術だけでは太刀打ちできず、3Gや4Gのノウハウが不可欠なのだ。
 
●10億ドルで買ったのは「交渉の切り札」か
 そう考えると、仮にアップルでも、自社でモデムチップを開発できても、クアルコムに対抗できるだけの省電力設計や安定した通信品質を確保できるかは、かなり怪しいと言わざるを得ない。
 
 ただ、一方で、アップルが自社で開発し、製品化できなくても、何ら問題はないのかもしれないという考え方もできる。
 
 クアルコムに対して「うちは自社で開発できる体制がありますよ」とアピールするだけで、クアルコムとの交渉において、少なくとも一方的に高価な金額をふっかけられることはないはずだ。
 
 製品化の可否には関係なく、交渉の切り札があるとないとでは大違いなはずだ。
 
 そう考えれば、アップルとしては5Gモデムチップの内製化を焦る必要はない。クアルコムを調子に乗せず、交渉を対等に持っていくための「10億ドル」と割り切れるのではないだろうか。
 
筆者紹介――石川 温(いしかわ つつむ)
 
 スマホ/ケータイジャーナリスト。「日経TRENDY」の編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。ケータイ業界の動向を報じる記事を雑誌、ウェブなどに発表。『仕事の能率を上げる最強最速のスマホ&パソコン活用術』(朝日新聞)など、著書多数。
 
文● 石川温

最終更新:8/6(火) 0:07
アスキー

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