ここから本文です

ラガルドECB総裁、これまでの実績とこれからの限界

8/2(金) 14:01配信

ニュースソクラ

【経済着眼】高い政治調整能力、実務経験に期待

 注目を集めたEU首脳人事ではドラギ総裁の後任の欧州中央銀行(ECB)総裁としてフランス出身のクリスティーヌ・ラガルドIMF専務理事(63歳)がEU臨時首脳会議で選出された。

 欧州議会で承認されれば、10月30日に女性初のECB総裁に就任することになる。

 ラガルド氏はシカゴの大手法律事務所で反トラスト法や労働法の専門家として頭角を現わして最後は同事務所チェアマンを務めた。2005年に帰国して中道右派のシラク、サルコジ政権下で閣僚を経験、2007年6月には財務相に就任した。

 2011年6月には女性問題で退任を余儀なくされたストラスカーン氏の後任として女性初のIMF専務理事に就任した。

 一連のEU首脳人事では、ラガルド氏は持ち前の政治力と折衝力が買われて中央銀行総裁経験者が就くECB総裁ではく、むしろ欧州委員長の候補に擬せられることが多かった。ECB総裁の最有力候補にはドイツ連邦銀行のワイドマン総裁が挙げられていた。

 次期欧州委員長としては、ユンケル委員長が欧州議会の最大会派である欧州人民党(EPP)出身であり、今回もそれにならってEPPに属するドイツ出身のウェーバー氏が最有力候補とされた。しかし、フランスのマクロン大統領がウェーバー氏の経験不足を理由に頑として受け入れなかった。

 紆余曲折を経て欧州委員長には、メルケル首相の盟友であり、かつラガルド氏と同様に女性初となるウルズラ・フォンデアライエン国防相(60才)が指名された。それとのバランスでフランス人のラガルド氏をECB総裁に、EU大統領にマクロン大統領と肝胆相照らす仲であるベルギー首相のシャルル・ミッシェル氏(43才)が指名された。

 いずれもマクロン氏が妥協案として考え出した人事構想であった。マクロン大統領の全面勝利、政治力の衰えが隠せないメルケル首相の完敗ではあった。

 欧州諸国のパワーバランスの中で生まれたラガルド総裁であるが、ある意味で欧州委員長や大統領よりも実態としては大きな権限と影響力を持っているECB総裁としてドラギ総裁以上に多方面で活躍することが期待される。

 まず、金融政策の運営である。IMF専務理事時代に、先進国の景気回復と新興国への安定的な資金流入を重視して金融緩和を促進する発言を繰り返した。市場ではラガルド氏をハト派と見なしており、ドラギ総裁の後を引き継いで一段の金融緩和に踏み切るとの期待が高まっている。こうした観測を入れて、市場では、ドイツ国債をはじめ欧州各国の長期国債の金利が大きく下落した。

 ドラギ総裁がユーロ金融危機に際して2012年7月に「ユーロを守るためには何でもする(whatever it takes)」と発言して危機を収束させたように、ユーロへの思い入れが強いラガルド氏も、イタリアの財政問題、ギリシャの政権交代などで揺れるEUのためにはあらゆる手段を尽くすのは間違いない。

 それがユーロの強化を主張するマクロン大統領がラガルド氏をECB総裁に据えた狙いでもある。

 ラガルド氏の実務経験は豊富である。

 フランスの財務相時代にはリーマンショックなど世界的金融危機に直面して手腕を発揮した。IMF専務理事としてもギリシャ金融危機など欧州諸国の金融システム安定に努めた。

 2009年4月には、メキシコの金融危機に際しては470億ドルというIMF史上最大の融資を「柔軟過ぎる政治的決断」などとの非難を受けながら実行してメキシコの金融危機とそれが世界に飛び火するのを未然に防いだ。

 ラガルド氏はこのように金融危機に臨んで多くの場数を踏んできたとはいえ、ECB総裁としては中央銀行の勤務経験もなく、さらにFRBのパウエル議長と同じ法曹界出身で、エコノミストとしての教育も訓練も受けていないこと、金融市場に関する専門知識も希薄であること、などから不安視する声もある。

 ただ、エコノミストとしての経験のなさはチーフエコノミストであるフィリップ・レーン専務理事(元アイルランド中央銀行総裁)を筆頭にする事務局が十分補完するであろう。パウエル議長も当初、苦戦していたように、市場の混乱を防ぐ、巧妙にして言質を取られないような期待記者会見での言い回しには苦労するかもしれない。

 それよりもラガルド氏に期待されるのはその高い政治力と調停能力の発揮である。トランプ大統領による鉄鋼、アルミ製品に対する高率関税の賦課を手始めとした一連の貿易戦争に対して、ラガルド氏は「自傷行為」ときっぱりと批判した。

 まさしく、FRBが今月末にも米中貿易戦争の余波で米国景気がスローダウンするのを恐れて予防的利下げに踏み切ろうとしている事態を予期したものである。FRBのボルカー議長やブンデスバンクのペール総裁が財政赤字に警鐘を鳴らし続けたように、責任ある中央銀行のトップは、インフレなき持続的成長を阻害するような財政、通商政策については苦言を呈すべきである。

 トランプ大統領に一言もあらがうことのないパウエル議長ではなく、ラガルド総裁が中央銀行のリーダーとしてはふさわしいかもしれない。

 またラガルド総裁は、マクロン大統領が意欲を見せるEU統合の深化を進めるまたとないパートナーとなろう。金融面では、統一的な預金保険制度の発足などの銀行同盟の導入に向けて積極的な動きを見せることが予想される。さらに統一ユーロ債の発行や財政統合についてもマクロン大統領をプッシュするであろう。

 ただ、欧州が景気後退に陥った時にECB総裁としてできうることには限界がある。

 金利面ではドラギ総裁がマイナス金利を率先して導入した後に、今年10月の退任までに利上げをして金融の正常化に踏み出そうとした矢先に、ドイツをはじめとする欧州の景気スローダウンに直面して利上げをあきらめざるを得なかった。

 今後、ラガルド総裁の下で景気後退が起きても、マイナス金利の状態では打つ手は自ずと限られてこよう。

俵 一郎(国際金融専門家)

最終更新:8/2(金) 14:01
ニュースソクラ

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事