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対韓輸出規制「劇薬」のはずが文大統領への助け舟に

8/4(日) 9:30配信

毎日新聞

 7月1日に発表された日本による対韓輸出規制の強化措置は、徴用工問題の深刻さを韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に知らしめるために送った「気付け薬」だった。安倍晋三政権周辺では、そうささやかれているらしい。【堀山明子ソウル支局長】

 劇薬で目覚めて、何が起きたか――。経済危機を乗り越えようと、財界や政界も協調する挙国一致体制が生まれ、文大統領の求心力は高まった。

 対日交渉では、日韓外交の経緯を知る知日派は退き、世界貿易機関(WTO)に持ち込まれた韓国の水産物輸入規制をめぐる紛争で今年4月、韓国の規制を認めさせた「勝ち組」が最前線に配置された。結果的に、「克日」の大合唱が響く中、徴用工問題は脇に置かれている。問題解決には、むしろ逆効果だったのではないだろうか?

 ややこしいのは、日本は「日韓間の信頼が著しく損なわれた」(経済産業省)と具体的な理由は挙げないまま安全保障上の懸念が理由だと強調し、徴用工問題との関連を否定していることだ。

 一方、韓国の成允模(ソン・ユンモ)産業通商資源相は措置が発表された日にただちに、昨年10月に元韓国人徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じた韓国最高裁判決を理由にした「経済報復措置だ」と明言した。韓国内では、日本を追い越し、世界をリードする半導体企業のサムスン電子やSKハイニックスを狙い撃ちにしたという見方が浸透している。日本が今さら「経済報復」を否定しても、韓国民の意識が変わる可能性は低い。すでに国民感情はすっかり傷ついてしまった。

 ◇よみがえるIMF危機のトラウマ

 韓国人記者と話していると、今の状況と比較してよく語られるのが、金泳三(キム・ヨンサム)政権末期だ。1995年11月、金大統領は歴史問題に絡み「日本をしつけ直す」と乱暴な言葉で日本を批判した。その報復として、97年11月にアジア通貨危機の波が押し寄せた際、日本は韓国の緊急資金支援の要請を断り、それが原因で韓国は通貨危機に陥った――というストーリーが韓国では語られている。

 実際には日本が危機の原因を作ったわけではないはずだが、韓国メディアは22年前のトラウマを繰り返し報じ、「またもや用意周到なわなにはまっていないか」と警戒心を募らせている。文大統領が「我々は、今よりもっと厳しい挑戦を乗り越えてきた」(7月15日の青瓦台首席補佐官会議)と唱えれば、多くの韓国民の間で昔の危機感がよみがえり、政府に協力するムードが生まれる。

 「あの時と違うのは、今は外貨準備高も4000億ドルを超え、通貨危機のような事態は起きないことだ。だから逆に言えば、今回の措置は成功しないし、克日世論を広げるだけ」。IMF(国際通貨基金)危機直後の金大中(キム・デジュン)政権で、日韓外交に関与した韓国外務省高官はこう冷静に分析した。

 逆に、「韓国が守勢に立たされていた徴用工問題が変質した」とみる。今までは韓国最高裁判決は「国際法違反」と日本からの批判攻勢にさらされていたのに、輸出規制後は「日本こそ国際法違反」と国際社会に向けて反論できるカードを得たからだ。経済的には打撃だが、国際政治的には文大統領への「助け舟」になったというのだ。

 確かに、文政権は日本の是正措置要求に対して「慎重に検討中」という言葉を半年以上繰り返した。6月19日には韓国政府が関与しない日韓企業の自主的拠出による財団設立という現実味のない和解案を日本に示し、被害者団体や原告団からも批判を浴びていた。「経済報復」がなければ、文政権は反転攻勢に出る名分を探せなかっただろう。

 ◇「経済報復」受け、対日政策ラインに変化

 日本の措置の発表直後、産業通商資源省内では4月にWTOでの「逆転勝利」を勝ち取った通商紛争対応課と通商法務企画課が「WTO提訴」のシナリオの検討に入った。上司の兪明希(ユ・ミョンヒ)通商交渉本部長も南米出張をキャンセルし、対策に加わった。

 さらに、事実上の総括責任者として動いているのが、青瓦台国家安保室の金鉉宗(キム・ヒョンジョン)第2次長だ。第2次長室は決裂した2月の米朝首脳会談直後、対北朝鮮制裁の緩和に向けて米国を説得するため、通商交渉本部長の経験を持つ金氏をトップに据え、「交渉人」機能を強化した組織だ。

 制裁緩和の成果が出せない中、日本から輸入された戦略物資が北朝鮮に横流しされたという疑惑や、国連安保理の制裁決議違反への疑惑が「経済報復」の背景として日本メディアで報道されたことを受け、対日外交の全般で発言するようになった。

 金氏は幼少期を日本で過ごし、米国で通商法を専門に博士号をとった国際派。しかし、国益を数字や勝敗ではかる通商交渉の手法で歴史問題も対応するため、日韓双方の体面を保ちながら政治的な妥結を模索する従来の外交手法とはかなり違う。

 徴用工問題は「合理的に対話で解決を」と唱える一方、日本が提起する仲裁委員会を通じた解決に対しては「一部勝訴、一部敗訴になる場合が多く、根本的解決にならない」と勝敗をすっきりつけたいという発想がにじむ。

 一方、徴用工問題の解決案を検討するよう文大統領から任されていた、東亜日報東京特派員経験のある李洛淵(イ・ナギョン)首相は反比例するように影をひそめた。

 昨年11月の首相声明で最高裁判決について「日韓基本条約を否定したものではない」と明言。その後、条約を前提に韓国政府が主体となって財団を設立し日韓企業に参加を呼びかける解決案をまとめた。

 しかし今年に入って、案は青瓦台で留め置かれ、お蔵入りになった後は積極的な役割を果たしていない。7月18日の文大統領と与野党の会合では、「特使」候補として提案されたが、「無条件はよくない」と文大統領が却下してしまった。

 ◇「国際法違反」論争の陥るわな

 日韓関係は「振り子の原則」があると言われてきた。韓国の政権発足時はいいが、政権後半にレームダックになると、歴史問題で関係が悪化するというものだ。日韓双方に、国内リスクを負ってでも歴史問題を乗り越えようという意欲が薄れるためだとされる。

 しかし今回は、その循環とは根本的に違う。文政権発足直後から慰安婦問題に関する2015年の日韓合意は事実上凍結され、トゲが刺さったまま昨年10月の最高裁判決を迎えた。

 韓国最高裁判決は1965年の日韓請求権協定で解決した範囲について新たな判断を下したため、90年代から元慰安婦や原爆被害者、在サハリン韓国人らに協定の枠外で「人道的支援」をしてきた日韓の政治外交的な道義的措置の法的意義づけまでも揺らいだ。道義的措置をしても「法的解決ではない」なら政治外交的な努力の効果が非常に限定されることになるからだ。

 「戦後レジームからの脱却」を目指す安倍首相と、「不法支配に対する抗日運動が建国の起源」と言いたい文大統領の理念対立の要素もあり、従来型の外交的な努力による解決策では乗り越えられない。時がたてば問題が解決されることもない。ここに深刻さがある。

 日本の植民地支配は「不法」とする韓国と、当時は合法だったとする日本との歴史認識の違いは、今に始まったことではない。14年続いた日韓国交正常化交渉を経ても埋まらずに、日韓基本条約では1910年の日韓併合条約について「もはや無効」という玉虫色の表現で政治決着した。それから半世紀。冷戦後の国際政治情勢の変化に応じて日米同盟が「再定義」をしたように、朝鮮半島の脱冷戦プロセスが進む中で、日韓のパラダイム(考え方の枠組み)を再構築する時期に来ているのかもしれない。

 今後、被告企業の韓国資産が現金化されれば、日本は損害賠償を請求し、新たな法律論争が始まることになる。日韓ともに法律論で白黒つけようとする雰囲気が強まっているが、結果が出てもすっきりすることはないだろう。国際機関や仲裁委員会で、どちらかが勝っても、法的論争の過程で国民感情が悪化したら政治問題としての「歴史問題」は終わらない。

 法的土台、政治外交的にやることの定義を再構築する時期だからこそ、政治が悪い時も日韓関係を底支えしてきた経済分野の連携や文化交流に影響が出ないようにし、民間パワーによる関係改善の道を開いておくべきではないだろうか。

 「日韓関係改善のために一番努力し、分業体制を築いた日韓企業が、徴用工問題で真っ先に傷つけられ、改善のエンジンが動かなくなった」。日韓の首相経験者や有識者でつくる日韓・韓日賢人会議を長年支えてきた関係者が、現状をこう嘆いた。

 日韓基本条約や請求権協定の法的整理は重要だが、協定の成果として経済成長した日韓企業を「人質」にして傷つけたら、元も子もない。ましてや両国の人々が相手国を気軽に旅行できるようになった時代に、その流れに水を差す措置がなされたら、次世代の日韓関係を傷つけることになる。

 劇薬の目覚ましは、日韓関係の重要性と奥深さに気づく機会になってほしい。

最終更新:8/4(日) 11:59
毎日新聞

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