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「炎上」を乗り越えたTehuさん「いまは身近な人に深く認められたい」

8/4(日) 13:40配信

DANRO

今から10年前の2009年、中学生のアプリ開発者としてiPhoneアプリ「健康計算機」をリリースして話題になったTehu(テフ)さん(23歳)。その後、インターネット上での誹謗中傷や「炎上」を経験してきました。「休憩」と称し、メディアに出ることの少なくなったTehuさん。現在は、自分の承認欲求と向き合っているといいます。くわしく話を聞くと、回復のための「欲望との向き合い方」が見えてきました。(矢代真也)

【画像】街角に立つTehu(テフ)さん

いろんな「わかりやすさ」に揉まれて

――まず、現在Tehuさんが何をしているのかについて、聞きたいのですが。

Tehu:今は……休憩中ですね。基本的には、メディアに出るのをやめています。露出することで得をした時期もあったと思うんですけど、今はそうじゃないと思っています。仕事としては、4年前に立ち上げたチームボックスという会社でCCO(チーフ・クリエィティブ・オフィサー)として働いています。

――会社では、リーダー育成など、人材開発を手がけられているんですよね。

Tehu:そもそも、なんで人材育成の会社で立ち上げに関わったのかというと、教育に思い入れがあったからです。まだ中学生だったころに作ったアプリのおかげで名前が売れたこともあって、高校から大学にかけて中高校生向けのプログラミング教育サービス「Life is Tech!」を手伝っていたこともありました。

ただ、そこでプログラムを学んで人生が変わる子供たちをたくさん見て、自分の中にさらなる課題意識が芽生えたんです。その子たちが若くして華々しいスタートを切るのはいいけど、今の世の中の状況だと、力を得て、実際に社会構造を変えられるようになるのは、大概40代になってからですよね。ごくわずかにいる革命的な起業ができる人以外は、年功序列のシステムのなかで力を得ていくことになりますから。

で、その子たちにとって40歳っていうのは、25年後なんです。25年後にもしその子たちが、「俺はプログラミングで人生が変わったんだ」と言ってたら、よくないですよね。その頃は、プログラミングも自動化が進み、自分の手でコードを書く価値はほとんどなくなっているか、もしくはそれ以上の、私たちがまだ想像もし得ない状態になっている可能性が高いでしょうから。

――それを、プログラミングで成功した20歳前後のTehuさんが言うのは、すごいですね。チームボックス以外のお仕事は、どんな感じでしょう。

Tehu:チームボックスが半分だとすると、残りの半分でいろいろって感じですね。講談社では、Webメディアの『現代ビジネス』がある第一事業戦略部でクリエイティブディレクターという役職についています。

――メディアの側に立ってみて、インターネットの見方が変わりましたか?

Tehu:基本的に、今のインターネットは嫌いです。それでもWebに携わるのは、完全に「世直し」のモチベーションですよね。すべてのものが、どんどんわかりやすくなっていく最近の傾向がすごく大嫌いなんですよ。だから世の中みんなその方向にいくのかもしれないけど、ぼく自身は抗いたいなと思ってます。

――「わかりやすい答え」みたいなものを提示するメディアが嫌いということでしょうか。

Tehu:唯一正しい正解なんてどこにもないと思うんです。けど、解がないからこそ、それを諦めるんじゃなくて、今の自分にとって一番正しい解を探し求め続けなければならない。しかも、それは刻一刻と変わっていくものですよね。だから、「AがBである」みたいな論法は大嫌いですね。インフルエンサーを信奉するような風潮も苦手です。世の中そんな単純じゃないでしょって、すごくシンプルに思います。

――いつぐらいから、そういう感覚があったんですか?

Tehu:ちょっとこじつけになるかもしれないですけど、「わかりやすい論調」みたいなものの犠牲になってからかもしれないですね。中3で出身地を明らかにしたときも、(ネットでは)わかりやすく「中国人」って書かれたりしましたから。いろんな「わかりやすさ」に揉まれた経験がやっぱりあります。ただ、そのバックグラウンドは全然わかりやすくなくて、「中国人である」なんてひと言で片づけられるものではないと考えています。

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最終更新:8/4(日) 14:44
DANRO

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