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雨乞いしかなかった村で、少年は学ぶことを諦めなかった。風車で未来を変えた14歳の物語

8/6(火) 12:15配信

ハフポスト日本版

世界で最も貧しい国の一つとして知られる、アフリカ南東部のマラウイは2001年、数千人規模の餓死者が出るほどの激しい干ばつに襲われた。

そのマラウイの小さな村で、一人の少年が一冊の本を手に取った。

「エネルギーの利用」というタイトルの本には、「風車は水をくみ上げて、発電できる」と書いてあった。

水を汲み上げられれば灌漑ができる。灌漑ができれば作物を安定して育てることができる。

そう思った少年は、十分に食べるのも難しい中で、本を頼りに、水を汲み上げて灌漑できる風車を作ろうとする――。

電気の通っていないマラウイの貧しい村で、わずか14歳で風車を作った少年、ウィリアム・カムクワンバさんを描いたベストセラー『風をつかまえた少年』が映画化された。

監督を務めたのは『それでも夜は明ける』でアカデミー主演男優賞にノミネートされた、イギリス出身の俳優キウェテル・イジョフォーだ。

カムクワンバさんが風車を作ろうとした当時、マラウイの電気の普及率は2%。ウィリアム少年が住んでいたウィンべ村も、電気が通っていなかった。 

家にある家電といえば、乾電池を使って動かすラジオくらい。干ばつになす術もなく、雨乞いするしかなかった村で、14歳の人生を変えたのは、学ぶことへの飽くなき欲求だった。

14歳のウィリアム少年にとって「学ぶ」とはどんな意味を持つものだったのか。そして風車は少年の未来をどう変えたのか。

映画公開にあわせて来日した、カムクワンバさん本人に聞いた。

■ ウィリアム少年にとっての、学ぶこととは?

カムクワンバさんは、「学ぶことは、人生の選択肢を増やすためのものだった」と振り返る。

実は「エネルギーの利用」を手にした時、ウィリアム少年は学校を中退させられていた。貧しさのあまり、両親が学費を払えなくなっていたのだ。

それでも、ウィリアム少年は、学ぶことを諦めなかった。

こっそり授業に忍び込み、さらに自分の姉と内緒で付き合っていた理科の先生と取引して、付き合っているのを秘密にすることと引き換えに、図書館に通えるようにしてもらう。

その図書館で出会ったのが「エネルギーの利用」だった。

学校から追い出されても学ぶことを諦めなかった理由を「教育は私にとって、選択肢を増やすものでした。教育を受ければ、自分のやりたいことがたくさんできると思っていました」と、カムクワンバさんは説明する。

カムクワンバさんの生まれ育ったウィンべ村では、ほとんどの子供たちは学校に通えず、大人になると親と同じ農家になっていたという。

さらに、農業技術が発達していないマラウイでの農業は、洪水や干ばつに収穫量が左右される過酷なものだった。カムクワンバさんが風車を作った当時は、干ばつで食事は1日1食しか取れなかった。

「私も農業は好きです。しかし、農業が好きだから農家になるのと、それしか選択肢がないから農家になるというのは違う、と感じました」

「私にとって、教育のゴールは仕事ではありません。教育とは、人生の選択肢を広げ、自分がやりたいことをするのに必要なもの。だからこそ、学校に通い続けたいと思ったのです」

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最終更新:8/6(火) 12:15
ハフポスト日本版

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