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『表現の不自由展』中止が浮き彫りにしたこと。右派と左派、お互いが潰しあってる?

8/7(水) 12:50配信

ハフポスト日本版

国際的な芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が始まって3日で中止となった。慰安婦をイメージした少女像の展示などにたくさんの抗議が来たためだ。

【画像集】『表現の不自由展』中止が浮き彫りにしたこと

表現の自由について考えようとした企画自体が「表現」できなくなったという最悪の結末になった。

SNSなどによって自由に議論ができる社会になったはずなのに、どうしてこうも不自由で、人を傷つけ合ってしまうのか。「表現の自由」についてどう考えたらいいのか。憲法学者の曽我部真裕・京都大大学院教授に話を聞いた。

表現の「不自由」が改めて可視化された

--今回の表現の不自由展が中止になってしまったことについてどう思いますか?

率直に言って、残念です。いまの社会で表現をすることが、不自由だということが改めて可視化されたという点では意味があったかもしれませんが…。



--慰安婦をイメージした少女像の展示を名古屋市の河村たかし市長が視察し、「日本人の心を踏みにじる」として中止を求めました。

政治家にも「表現の自由」はあります。ただ、表現と役職は、必ずしも切り離すことは出来ず、権限を持つ市長が何かを口にすればそれなりの影響がでるので、職務にともなう節度が求められます。

美術展を行政が公金を出してサポートする場合、憲法の世界では、「美術の専門家が決めた内容を尊重する」ことがロジックになっています。(「金は出すけど、口は出さない」という方針だった)愛知県の大村秀章知事のスタンスが正しいのではないでしょうか。


--河村市長の発言は憲法21条で禁止する「検閲」にあたるのでしょうか?

展示中止を決めたのはあくまで、あいちトリエンナーレ2019(津田大介芸術監督)の実行委員会であって、河村市長が決定したわけではありませんので、法的な意味での検閲とはいえません。

ただいわゆる「口先介入」であり、一般的に広い意味ではこうした発言は影響を与えます。市長のような公権力の側は、むしろ表現の保護に動くべきですし、脅迫とみられる行為をした人に対してはきちんと捜査をするというメッセージを発するべきです。

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最終更新:8/7(水) 12:50
ハフポスト日本版

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