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『表現の不自由展』中止が浮き彫りにしたこと。右派と左派、お互いが潰しあってる?

8/7(水) 12:50配信

ハフポスト日本版

公的なお金入れてるから「反日はダメ」論

--あいちトリエンナーレには公的な資金も使われています。そうした場で、「少女像」のような「反日的な作品」を展示するべきではないという意見があります。大阪府の吉村洋文知事も8月6日のTwitterで「愛知県が主催する公共事業で、慰安婦像、天皇の写真を焼却、ありえません」と投稿しました。

「自分(行政側)の気にくわないものに公金を出さない」は成立しない議論です。

たとえば、特定の国などに批判的なヘイト団体が市民会館を集会に使いたいと言ってきたとします。市民会館がその団体に部屋を貸せば、「彼らの主張に同意したと思われる」から貸さない、ではダメなのです。

公金で建てられた市民会館は、明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見される場合でない限り、誰に対しても施設を貸す必要があります。賛同しているかどうかは関係なく、公平に貸さないといけない。

逆に言えば、特定の主張の団体に貸したからといって、行政がその主張に賛同したということにはならないのです。

今回のような美術館については誰にでも貸すわけではないので、市民会館の場合と考え方が少し違いますが、いずれにしても、行政の考えによって、不当に作品を排除することはできません。

リベラル派も「逆の立場で考えて」

--政治家だけでなく、「表現の不自由展」には、電話やネットなどを通して多くの抗議が市民から寄せられました。

「ガソリン携行缶を持ってお邪魔する」と書いたファクスなど脅迫は論外です。一方、それ以外の「抗議」や「批判」はやってはいけない、ということではないですよね。(「少女像」や「昭和天皇をモチーフにした作品」に対して)不快な思いをしたら、口にする権利があります。まさに表現の自由です。

ただ、一人一人の抗議が、ネットなどの影響で数があまりに多くなり、受け止めきれなくなっています。今回の展示の中止理由も、主催者のスタッフが抗議の応対などで疲弊したのが大きな点でした。

一方、表現の不自由展を支持するリベラル派も「逆の立場になったらどう思うか」ということも考えなくてはいけません。

一橋大学で2017年10月、学園祭で予定されていた作家の百田尚樹さんの講演会が中止になりました。リベラル派と反対の意見を持つ百田さんのこれまでの発言が「差別的だ」として学生から声が上がったためです。

百田さんは「言論弾圧だ」と主張しました。彼を支持する人にとっては、今回の「表現の不自由展」で展示を見られなくなった人と同様に、話を聞く機会を奪われたと思った可能性もあります。

百田さんの講演会中止の件も、今回の「表現の不自由展」の件も、それぞれ複雑な背景があり、単純に「同列」には考えられない点はあります。

ただ、あえて共通なものとして俯瞰的に考え、立場の違う人同士が、根本的に考える時期に来ています。お互いが「表現の自由が侵害された」と主張するだけでは、前に進まなくなっているのではないでしょうか。

--百田さんの講演会開催をめぐって問題視されたのは、人種差別的な言動を繰り返すなどした、ためです。社会として人種差別的な思想などに対してNOと言う必要があるのですが、百田さんに賛成する人も反対する人もSNSでは過激になってしまい、議論が混乱しています。

右派や左派に関係なく、立場を入れ替えたうえでもお互い納得できる「抗議」とは何か、どうすれば相手が表現する場を守りながら議論ができるかを考える段階に来ていると思います。

たとえば「ヘイトスピーチ」という言葉にしても、ものすごく一人歩きしてますよね。(今回の「表現の不自由展では少女像が「ヘイト作品だ」という主張もあるように)自分と反対の意見や耳が痛いことは全部ヘイトスピーチとなってしまう。

これは、実は逆の立場のリベラル派もそうで、広い意味で使ってしまっている面もあります。

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最終更新:8/7(水) 12:50
ハフポスト日本版

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