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「父の言葉 常に頭に」 墜落直前 手帳に遺書の河口さん 日航機事故34年を前に長男が心情語る

8/11(日) 6:01配信

上毛新聞

 「津慶(つよし)、しっかりたのんだぞ」。1985年に群馬県上野村で起きた日航機墜落事故で家族宛てに感謝の遺書を記していた河口博次さん=当時(52)=の長男、津慶さん(55)が今月、上毛新聞の取材に応じ、「父の言葉が常に頭の片隅にある。常に父だったらどうするか考えて生きてきた」と、惨事から34年となる心情を語った。

◎219文字につづられた想い 追う

 津慶さんは事故当時21歳で、父には反抗ばかりしていたという。それも「あの時は父がいるのが当たり前だったから」のことだ。

 遺書が書かれた社員手帳は事故から数日後、津慶さんが上着のポケットから見つけた。他の遺品は水でぬれたり、腐敗臭が激しかったりした。「パパは本当に残念だ」「本当に今迄は幸せな人生だったと感謝している」。ボールペンで書きなぐられた219文字の遺書が見られる状態だったのは「不思議なことだった」。

 予期しない死に直面した悲痛な思いと、家族へ思いを託すようなメッセージ。「父は死を覚悟した。けれども、人生を精いっぱい努力していたから『幸せな人生だった』と思えたのだろう」。博次さんのためにも悔いのない人生を送らねばと、自らに言い聞かせながら過ごしてきたという。

 津慶さんは現在、19歳と15歳の2人の娘がいて、亡き父に思いをはせながら生活を送る。6年前に長年勤めた会社を辞め、日本の伝統工芸をインターネットを通じて世界に販売する会社を立ち上げた。このまま定年退職するのではなく、「新しいことにチャレンジしたい」との思いからだ。

 御巣鷹の尾根を訪れたのは事故から34年間で2度だけ。事故当日の12日も家族だけで静かに博次さんを弔う。「事故がきちんと忘れ去られないように。新しい時代を生きる人たちが再び悲しむことがないように」との願いは変わらない。

最終更新:8/11(日) 6:01
上毛新聞

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