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「大学探検部」が存続できない、この窮屈な時代 挑戦する若者は育つのか

8/11(日) 17:30配信

GLOBE+

「この島には、竪穴、横穴、その両方が組み合わさった立体的な穴など様々な洞窟があり、まだ発見されていない洞窟もあると思われます。初心者が洞窟探検の基礎を学び、その素晴らしさを知るのによい機会なので、希望者はぜひ参加してほしい」――。

7月中旬のある夜、私が教壇に立っている立命館大学の衣笠キャンパス(京都市北区)の学生会館の一室。探検部主将の磯野祐紀さん(法学部4回生)が、集まった10人ほどの学生を相手に今夏の洞窟探検合宿の意義を力説していた。(立命館大学国際関係学部教授・白戸圭一)

人生を決めた、探検部での経験

今回の合宿先は鹿児島県の沖永良部島。同島には無数の鍾乳洞があり、探検部員たちは8月16日から26日までの間、テントで寝起きしながら複数の洞窟に入り、測量、洞内を流れる地下河川への潜水、竪穴の昇降といった技術の訓練や、未発見の洞窟探しに挑戦する。

沖永良部島での合宿が終わり次第、磯野さんともう一人の部員は中国での洞窟探検へと向かう。9月初旬から10月末まで、およそ2か月弱の長期遠征となる予定だ。

この7月、私は探検部の顧問に就任した。前任者の退任後、引き受ける教員がいないまま空席になっていたために、大学から就任要請があった。

要請がきたのは、私が探検部のOBだからである。在学中の1991年に仲間と6人でサハラ砂漠の南側に位置するニジェールという国を訪れ、半砂漠地帯の村にテントを張って住み込んだ。下痢やマラリアに悩まされながら、農作業や祭りの様子を映像に収めてテレビ番組を制作したり、紀行文を執筆したりした。

この体験がきっかけとなってアフリカに関心を持ち始め、今やこうしてアフリカ研究をライフワークにしていることを思えば、大学探検部の4年間は私の人生を決めた時間となった。

大学探検部は1956年に京都大学で創部されたのを皮切りに全国の大学に広がった。立命館大学の探検部は7番目に古い1960年の創部である。60年代から70年代初頭のマレーシアの密林探検にはじまり、中国やインドネシアの巨大洞窟探検、ニジェール遠征など過酷な自然条件の中で様々な活動を展開してきた。

とりわけ洞窟探検の技術は全国トップクラスで、巨大洞窟の内部にカメラが入るNHKの番組収録に協力した実績もある。いまや「地図上の空白地」は世界から消え、ジャングル、砂漠、極地といった過酷な自然条件の下にある地域にも開発の手は伸びているが、学生たちは限られた能力と資力の範囲で常に挑戦を続けてきた。

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最終更新:8/12(月) 11:47
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