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[コラム]官製民族主義のわな

8/11(日) 12:29配信

ハンギョレ新聞

いま、江南(カンナム)の真ん中で、満60歳のキム・ヨンヒ氏は一坪もない鉄塔の上で60日以上座り込みをしている。労働組合を結成しようとしてサムスン財閥の残酷な弾圧で満身創痍になった身で、最後の死闘を繰り広げている。彼が消滅するまで放っておいたまま、日本の戦犯企業に強制動員された朝鮮労動者の人権を語れるのか。私たち自身から振り返ってみよう。

 「トゥキディデスの罠」ならぬ官製民族主義の罠だ。アクセルがあるばかりで、ブレーキのない官製民族主義がやみくもに突き進んでいる。東京を旅行禁止区域に指定すべきだと言う政治家がいれば、150人の地方自治団体長が「日本反対」パフォーマンスを繰り広げている。共に民主党のある最高委員は「いますぐGSOMIA(韓日軍事情報包括保護協定)を破棄することを求める」とし、敢えて日本の敗戦日の8月15日に通知書を送ろうと言っている。刺身店の寿司が攻撃の口実となり、日本酒か国産の清酒かで争う韓国の政治のレベルは、来年の東京五輪ボイコットを検討するという与党で再び確認されている。一つの民族主義とほかの民族主義は、敵対的共存関係を成す。声を揃えて安倍を糾弾するが、大半が安倍を助けている。朴槿恵(パク・クネ)を退けた主体が韓国の市民だったように、安倍を打ち破る主体は韓国人ではなく、日本市民だ。日本の市民と恨み合うのではなく、連帯する方法を模索し実践することだ。

 アクセルだけあってブレーキのない民族主義は、ハンドル操作もめちゃくちゃになりやすい。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は5日、日本の貿易挑発に対する突破口として南北経済協力を通じた平和経済を提起した。「日本の経済が韓国の経済より優位にあるのは経済規模と内需市場です。南北間の経済協力で平和経済が実現すれば、われわれは一気に日本経済の優位に追いつけます」

 「平和経済」という言葉になじみのない私のような国民のためにだったのか、文大統領は「平和経済こそ世界のどの国も持つことができないわれわれだけの未来だという確信を持ち、南北がともに努力していくとき、非核化とともに朝鮮半島の平和と共同繁栄を成し遂げることができる」と強調した。目の前にしばし、北朝鮮の地を通りユーラシア大陸を走る鉄道の姿とともにバラ色の展望が描かれるように見えたが、すぐに開城工団と金剛山観光を再開できなかった現実に突き当たり、跡形もなく消えた。

 早急であったり強迫的な目的意識は、合理的思惟のプロセスを排除したり歪曲する。私の浅い経済知識では、経済のカギは規模や内需市場の大きさではなく、生産性にあるという。私は、文大統領の発言がショービニズム(排外主義)の民族主義に浸っている秘書陣から出てきたと信じる。それにしても荒唐無稽な発想と(「世界のどの国も持てないわれわれだけの未来という確信を持ち…」)、経済に関する基本的なミスを排除できなかった内容が大統領の公式発言として出たという点で、問題の深刻さはそのまま残る。ところが寡聞のせいか、それともみな「12隻の船」「竹槍歌」「義兵」に表象される官製民族主義に並んでいるためか、批判の声はなかなか聞こえない。ここで大統領府権府の意思決定と関連して、アーヴィング・ジャニスの「集団思考」の概念を参照してみよう。それによると、集団思考とは「凝集力の強い集団がある決断を下すとき、満場一致を果たそうとする思考の傾向」だ。集団思考は楽観論で集団の目をくらます現象で、外部に向けては非合理的な行動を取らせるという。

 私は個人的に勉強を怠って実力が足りないながらも、知的優越感、倫理的優越感で武装した「民主やくざ」にならないことを、自警文の一つにしている。韓国の民主化過程は至難だった。長く至難な民主化運動の隊列の一員として自分を位置づける、いわゆる「86世代」の大半は、倫理的優越感を持っている。反民主的独裁体制であり買弁的な李承晩(イ・スンマン)ー朴正煕(パク・チョンヒ)ー全斗煥(チョン・ドゥファン)政権に対抗して闘った当事者として、当然なことでもある。それだけでなく、彼らの多くは先輩の勧めで何冊かの理念書を読んだ経験があるが、これによって知的優越感も感じやすい。そして民族主義者たちだ。知的優越感と倫理的優越感で武装した民族主義者から、自己省察や「懐疑する自我」を期待するのは「木に縁りて魚を求む」ようなものだ。羅針盤は移動するたびに方向を指す前に針をゆらゆらと震わせるが、彼らからはそのような面を少しも期待できない。分断状況は市民社会運動のすべての場で、民族主義勢力に多数派を形成させヘゲモニーを掌握するように作用した。彼らの対極点にある「朝鮮日報」や自由韓国党の粗悪な談論のレベルは、学習の必要性を感じさせなかった。互いに討論して説得する関係ではなく、力で制圧したり、制圧される関係であるばかりだからだ。

 ついに、ろうそくを追い風に奇跡のように政治権力を掌握するようになると、彼らのうち少なからぬ現実政治予備軍には、公共部門の良い職を得る機会ができた。情緒的につながっている彼らの間にも、一種の「俺たちが他人でもあるまいし!」というような文化がある。私は公教育に関する文大統領の公約が「空約」になることを目撃しながら、彼らの執権目標が政治哲学の実現にあるよりも、彼らに職を提供することにあるのではないかと思えたこともあった。文大統領の最側近の人物だというヤン・ジョンチョル氏は民主党の民主研究院長になったが、この与党のシンクタンクの研究力量で私が知っているのは、韓日摩擦が来年4月の総選挙で民主党に肯定的な影響を及ぼすだろうという内容だけだ。

 実力が足りないなら、せめて謙虚にならなければならない。精神勝利のためか、相対的に匹敵するほどのものと思えたからか、いま貫徹されている官製民族主義は、米国に対する自発的服従に照らしてみると、極めて選択的だ。文在寅政府は韓国が国際法を違反したと主張する安倍政権の経済挑発の可能性を8カ月前から認知していた。にもかかわらず、すべての外交力を朝鮮半島平和プロセスに集中し、これを無視した。政府は韓日関係の危機対応が疎かだったという過ちを認めて関係復元のために努力を傾ける代わりに、官製民族主義を動員して対立している。

 しかし、克日の精神勝利はしばしであり、経済の津波が国民生活を回復できない状況まで襲う可能性もある。止めなければならない。民主党のある最高委員の言葉のように「この地に親日政権を立てるという日本の政治的野心」が実現することを恐れているからだ。自由韓国党や朝鮮日報のような保守買弁勢力よりは、まだ現政権勢力の方がはるかにましだからだ。すでに揺さぶられている所得主導成長や労働尊重社会が完全に水の泡になってはならないから、国民年金を奪ったサムスン財閥のイ・ジェヨンが克日経済のアイコンとして登場することがあってはならないからだ。

 いま、江南(カンナム)の真ん中で、満60歳のキム・ヨンヒ氏は一坪もない鉄塔の上で60日以上座り込みをしている。労働組合を結成しようとしてサムスン財閥の残酷な弾圧で満身創痍になった身で、最後の死闘を繰り広げている。彼が消滅するまで放っておいたまま、日本の戦犯企業に強制動員された朝鮮労動者の人権を語れるのか。私たち自身から振り返ってみよう。

ホン・セファ ジャン・バルジャン銀行長、「素朴な自由人」代表 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:8/11(日) 17:01
ハンギョレ新聞

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