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社説 [沖国大ヘリ墜落15年] 危険性の除去策を示せ

8/12(月) 9:10配信

沖縄タイムス

 2004年8月13日、宜野湾市の沖縄国際大学構内に、米軍普天間飛行場所属のCH53D大型輸送ヘリが墜落・炎上した。飛散したヘリの破片は多くの民家や車両などに被害を与えたが、死者が出なかったのは奇跡というほかない事故だった。

 当時はイラク戦争の最中で、普天間はフル回転。整備士が過労でピンを付け忘れる人為ミスが原因だった。

 あれから15年。この間墜落事故は9件発生している。

 県民は軍用機の飛行を見るたびに墜落の恐怖におびえる生活を強いられており、理不尽というしかない。

 17年12月には同市野嵩の緑ヶ丘保育園の屋根に米軍ヘリから部品が落下。米軍は部品の保有は認めたものの落下は否定している。6日後には普天間第二小の校庭にCH53E大型輸送ヘリの窓が落下した。体育をしていた児童から十数メートルしか離れておらず、大惨事になるところだった。

 沖国大での墜落事故後、日米両政府は普天間周辺での飛行ルートに合意した。病院や学校、住宅地上空を避けることなどを定めているが、「できる限り」などの抜け道があり、守られていない。

 合意では緑ヶ丘保育園も第二小も飛行ルートに入っていない。だが沖縄防衛局の航跡調査では両教育施設上空付近や住宅地上空を頻繁に飛行していることが確認できる。

 合意はなきがごとくで、騒音被害とともに、学校・日常生活が危険にさらされ続けているのである。

 ■ ■

 捜査権は主権に関わる重要な問題だ。沖国大ヘリ墜落事故があらわにしたのは、民間地にもかかわらず日本の捜査権が及ばないことだった。

 米軍が大学を封鎖し、県警が現場に入れたのは6日後。機体はすでに回収されていた。批判が高まり日米両政府は基地外での米軍機事故に関するガイドライン(指針)に合意。(現場に近い)内周規制線は日米共同で規制、外周規制線は日本側が規制、機体の残骸は米側が管理-などといった内容だったが、実際は内周の日米共同規制も、主導権は米軍にある。

 その後に起きた東村高江の民間地にCH53E大型輸送ヘリが不時着・炎上した事故が示している。日本側の立ち入りは6日後。米軍が機体、土壌を持ち去った後だった。これを契機に指針を改定。内周規制線内への日本側の「迅速かつ早期の立ち入り」が可能としている。だがこれも米軍次第だ。日本は「主権国家」とはとうてい呼べない。

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 安倍晋三首相が約束した普天間の「5年以内の運用停止」は、米側と交渉した形跡もなく2月で期限が切れた。大浦湾に広がるマヨネーズ並みの軟弱地盤の存在が明らかになり、政府は辺野古新基地の工期も総事業費も示すことができない。説明責任を果たすことなく遮二無二に強行しているのは異常である。

 普天間の危険性除去に有効な手を打たず、いつ完成するともしれない新基地を待つつもりなら県民を愚(ぐ)弄(ろう)するものだ。危険性の放置は県民の生命と財産を蔑(ないがし)ろにするもので政府の責任の放棄である。

最終更新:8/12(月) 9:10
沖縄タイムス

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