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サマソニ、20年続けられた理由 社長が守る「50%ルール」 予想なかったレディオヘッド「Creep」

8/14(水) 7:00配信

withnews

夏の都市型ロックフェス「サマーソニック」は今年20周年を迎え、8月16~18日に東京・大阪会場で同時開催されます。海外のミュージシャンのブッキングに力を尽くしてきたのが、主催するクリエイティブマンプロダクションの代表取締役、清水直樹さん(54)です。サマソニ誕生のきっかけになった「レディオヘッド」伝説のステージ。20年間、守っている「50%ルール」。音楽少年だった清水さんがサマソニを生み出すまでの「秘話」を聞きました。(朝日新聞文化くらし報道部記者・坂本真子)

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DuranDuran・カルチャークラブ・U2……

清水さんは静岡県焼津市の出身。小学生の頃から洋楽が好きで、カーペンターズやビートルズを聴いて育ったそうです。

「姉がベイ・シティ・ローラーズのファンでよく聴いていたので、自然に覚えました。中学ぐらいから自分でもいろいろ聴くようになって、お金をためて年に何回かレコードを買いました。高校生になると地元に貸しレコード屋ができて、好きなだけ選べて、借りて、ダビングして。とにかくうれしかったですね」

その頃は1980年代のニューウェーヴ全盛期。DuranDuranやカルチャークラブ、U2、パンク系のクラッシュ、ジャム、スペシャルズなども聴いていました。

高校卒業後、音楽関係の仕事をめざして上京します。

「東京に出るしかないな、と思って、何も決めずに出てきました。音楽関係の学校に行ったり、英語の勉強をしたりして、3年ぐらい過ごした後、そろそろ何かやらないとまずいなと思って、いろいろ探したんです」

あるとき、酒を飲んで朝帰宅すると、郵便ポストにはがきが入っているのを見つけました。

「毎回見ないわけですよ。たまたま見たら『面接に来てください』とあって、いつだ?今日じゃん!」

慌てて駆けつけると、最後にぎりぎりで間に合い、個別に面接を受けられたそうです。

「面接担当者が『君は面白いけど、音楽業界を何も知らないからコンサート業界のプロモーターの仕事から始めてみたら?』と。それまで僕はコンサートというジャンルに何も目を向けていなかったんですけど、そういう世界から入るのがいいのかな、と思って、仕事を探したんです」

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最終更新:8/14(水) 13:23
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