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将棋の海外普及 自費で教えた若手棋士の功績 勝負師たちの系譜

8/13(火) 16:56配信

夕刊フジ

 【勝負師たちの系譜】

 ヨーロッパのイギリスから始まった海外普及だったが、国際交流基金の派遣で毎年多くの棋士を派遣したこともあり、時と共に将棋を指す国が増えてきた。

 またアメリカ、東南アジアなどは独自に、日本人の方を中心に支部ができていたし、ブラジルは日系の方が多くいて、昔から将棋は盛んだった。

 国際普及では、自費で将棋を教えに行く若手棋士の功績は大きかった。

 アメリカ方面は、石川陽生七段、植山悦行七段・中井広恵女流六段夫妻、野月浩貴八段、大野八一雄七段ら。東南アジアは小林健二九段、オセアニアは高田尚平七段といったように、それぞれ思い入れの強い国によく通っていた。

 私はなるべく人が行かない国にという気持ちが強く、ヨーロッパでも北欧を中心に何回か訪問した。スウェーデン、ノルウェーなどで、在スウェーデン日本大使館で知り合った島田薫氏がアイスランドに移り、将棋ファンを大勢作ったのを聞いたときは、すぐに私もアイスランドに飛んだ。

 日本の大使館が将棋を広めた国は、ここが初めてだったと思う。

 この時は雨続きで、オーロラが見られなかったのは、私の人生でもかなり悔しい出来事の一つである。

 現在、ヨーロッパ将棋連盟は法人化し、ドイツのハイデルベルクに住む日本語学科教授、フランク・レーヴェカンプ会長を中心に活動は盛んだ。

 初期の頃の普及でよく聞かれたのは、最終的には誰でも普通の駒で指したいと言うが、将棋を知らない人や子供に勧誘する時、最初はチェスのような駒を使った方が良いか、いきなり五角形の漢字の駒を見せて、東洋的なゲームをアピールした方が良いかということだった。

 そして現在、最も将棋の指せる人が多いのは、中国である。1995年に竜王戦七番勝負第1局、羽生善治竜王-佐藤康光七段(いずれも当時)戦が北京で開催されてから、一気に将棋熱が高まったのだった。

 ■青野照市(あおの・てるいち) 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。

最終更新:8/13(火) 16:56
夕刊フジ

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