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「模擬原爆」投下、生き延びた女学生の爆撃記録

8/13(火) 8:42配信

福井新聞ONLINE

 「ドカンというものすごい音とともに体が浮き上がった」「友の助けを求める声がする」-。長崎原爆前日の「模擬原爆」投下により33人が亡くなった東洋紡績敦賀工場(現東洋紡敦賀事業所=福井県敦賀市東洋町)に、辛くも生き延びた動員学徒の女学生が爆撃時の様子などを書きつづった手記が保管されていることが8月9日、分かった。一瞬で友を亡くした悲しみなど惨劇を生々しく伝えており、貴重な史料となりそうだ。

 1945年8月8日、米軍は原爆の投下訓練として、長崎型原爆と形状や重さが同じ大型爆弾「模擬原爆」を同工場に投下。動員学徒の敦賀高等女学校の生徒や教員、従業員ら33人の命を奪った。

 手記をまとめた文集は表紙に「学徒動員東紡爆撃記録」と記されており、終戦から2年後に書かれたとみられる。難を逃れた女学生12人による恐怖や悲しみの記録が、原稿用紙約70枚にわたりつづられている。

 「出動工場空爆」と題した手記は、「大きな音がして天井のガラスが破壊され落下した」「次々と血みどろになった学徒が出て来る」「人々の顔は青ざめた顔」「動揺で汗も出ない」と、目の前に広がる惨状を克明に伝えている。

 ほかにも「敗戦と知り、私たち学徒が働いてきたのも皆水の泡となり非常に残念でした」「友の仇(かたき)はきっと取ると固く誓った」など、無念な思いを記すものも多かった。

 手記は同事業所総務課の書棚に保管されていた。同事業所の吉川徹所長(58)は「当時15、16歳の少女たちが書いたとは思えないほど生々しい内容で、読むと心に重く響くものがある。公開できる形を検討していきたい」としている。

最終更新:8/13(火) 10:59
福井新聞ONLINE

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