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母校・広島商の復活に尽力した達川氏 来週の甲子園決勝戦始球式に抜てき

8/14(水) 11:02配信

東スポWeb

【赤坂英一 赤ペン!!】第101回高校野球選手権大会、来週の決勝戦では広島商OB達川光男さんが始球式を務める。今年は甲子園球場創立95周年にあたり、1924年(大正13年)の第10回大会で初優勝したのが広商。そこで同校が夏5回目の優勝を果たした73年夏(昭和48年)、正捕手だった達川さんに白羽の矢が立ったのだ。

「大変光栄です。64歳でこんな大役が回ってくるとは夢にも思わんかった。去年ソフトバンクのヘッドコーチを辞めて、当分は暇になるかと思うとったら、野球の神様がご褒美をくれましたね」

 そう語る達川さんは、昨冬から連日臨時コーチとして母校で選手を指導している。達川さん初の著書「広島力」の構成のため、私も正月の三が日明けから連日同行した。

 かつて広島高校球界の王者だった広商だが、最近では広陵の後塵を拝している。現に春夏の甲子園出場回数も広商の44回に対し、広陵が47回。そこで今夏の予選を勝ち抜くため、就任2年目の荒谷監督に、達川さんはこう助言した。

「いまの広商に一試合を一人で投げ切れる投手はおらん。先発を2人、リリーフを4人つくれ。早め早めの継投で、相手打者の目先を変えて勝っていくんじゃ」

 攻撃も同様で、先手を打つことが重要だと、口を酸っぱくして説いた。

「内野安打でも何でも塁に出て、バントや足を絡めて点を取るんじゃ。とにかく後手に回らず、積極的に仕掛けていけ」

 県大会の最中、自分がグラウンドに行けないと、達川さんは電話でも助言を惜しまなかった。広商の赤澤部長によると「電話は毎日のように頂いてます。一日2回かかってくることもありました」という。

 こうしてチーム完投、同本塁打ともにゼロで予選を勝ち上がり、広陵に快勝して夏は2004年(平成16年)以来、15年ぶりの甲子園進出。夏の出場回数も23回目で広陵に並んだ。

 だが、甲子園では岡山学芸館に惜しくも逆転負け。達川さんが言う。
「力は互角じゃ。広商はよう頑張ったよ。まあ、(岡山出身の)渋野日向子が活躍した分、岡山にええ風が吹いとった。それで学芸館の平凡な左飛が勝ち越しタイムリーなったんかもしれんな。冗談じゃけどね」

 決勝戦の始球式では、1試合だけで甲子園を去った後輩の分まで力を込め、ナイスボールを投げてほしいものだ。

☆あかさか・えいいち=1963年、広島県出身。法政大卒。毎週金曜朝8時、TBSラジオ「森本毅郎スタンバイ!」出演中。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」(講談社)などノンフィクション増補改訂版が電子書籍で発売中。「失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。ほかに「すごい!広島カープ」(PHP文庫)など。最新刊は構成を務めた達川光男氏の著書「広島力」(講談社)。日本文藝家協会会員。

最終更新:8/14(水) 11:10
東スポWeb

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