ここから本文です

婚約破棄、30過ぎて映画監督に 『月極オトコトモダチ』穐山茉由さん・上

8/14(水) 13:36配信

DANRO

今年6月に公開された映画『月極オトコトモダチ』の監督、穐山茉由(あきやま・まゆ)さんは、ファッション企業のPRマネージャーとして働きながら30代半ばで映画監督に。長編デビューとなる本作が東京国際映画祭に正式出品され、若い女性を中心に多くの共感を呼んでいます。

【動画】映画「月極オトコトモダチ」予告編

自分が映画を撮ることは「以前は考えたこともなかった」という穐山さん。会社員と映画監督という二つの顔は、自分と向き合い続けて選び取った生き方でした。(熊野雅恵)

映画を撮るなんて考えたこともなかった

――小さい時から映画監督になりたいと思っていたのでしょうか?

穐山:思っていなかったですね。ファッションが大好きで、その延長で90年代の渋谷系カルチャーや渋谷のシネマライズなどのミニシアターに憧れて、映画も好きになったという感じです。ただ、表現すること自体がとても好きでした。漫画を描いたり、カラオケで歌ったり、学生時代は吹奏楽部でパーカッションを担当していました。

――クリエイター一直線ではなかったのですね。

穐山:そうです。女性は結婚して子どもを産むのが当たり前という考え方の家庭で育ち、良妻賢母を校是とする女子校に中高大と進学しました。

美大という選択肢は当時の自分にはなくて。何か表現したいとは思っていましたが、何を表現したいかは定まっていませんでした。

そういう意味でクリエイティブ一直線な人に対するコンプレックスは抱えていましたね。

大学にはエスカレーター式で進学しましたが、学科は好きなファッションに触れられる機会が多そうな被服学科にしました。

――大学時代はどんな感じで過ごしましたか?

穐山:デザインは学んでいましたが、それほど本格的ではなかったです。かといって、周囲の勧める「いい会社に勤めて、いい人のお嫁さんになる」路線に乗りたいとも思っていませんでした。「結婚しなくてはいけない」という刷り込みと「何か表現したい」という自分の間には、常に分断があったような気がします。

――大学卒業後はアパレル会社に就職されていますね。

穐山:大学卒業時は、やはりファッションの分野できちんと働きたいと思って、就職活動しました。そしてデザインや生産管理をOEMで請け負うアパレル企業に就職しました。

――転機はいつ訪れたのでしょうか?

穐山:30歳の時に、しようと思っていた結婚がなくなったことですね。

そのころお付き合いをしていた人が、仕事で地方に行くことになって、仕事を辞めてついていくことになったんです。30歳前に結婚はすませておこうという気持ちがあり、相手も私も保守的な家庭に育ったので、専業主婦になるのは自然に選択肢として出てきました。

――ご両親の期待も高まる年頃ですよね。

穐山:そうですね。仕事では大きなプロジェクトを任されて順調に進んでいましたが、とにかく「結婚しなくてはいけない」という気持ちがありました。 ところが、忙しさが落ち着いたときにハタと「私はこれでいいのか」と思ってしまって。

彼のことは普通に好きだったけど、彼のお母さんは来客があると台所から出て来ないような古風な人でした。その生き方は自分にはできないのではないかと思って、話は進んでいましたが、「言うなら今だ」と「結婚はやめよう」と言いました。

――思い切りましたね。

穐山:もちろん恋愛感情もあったし、それまでは周囲の期待に応えて、自分さえ我慢すればいいと思っていました。でもそれっていつまで続くんだろうと。自分のこのキャラクターでいつまで耐えられるか、耐えられる時間は決まっているだろうなと思って。

1/2ページ

最終更新:8/14(水) 18:36
DANRO

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事