ここから本文です

心臓手術を体験して感じた「プロへの信頼」の重み 今の政治家は尊敬されている?

8/14(水) 18:01配信

FNN.jpプライムオンライン

先日「心房細動」という不整脈が見つかり、入院して心臓の手術を受けた。
結果的に事なきを得た手術であったが、様々な相談をした主治医の話から、医療現場が直面している現実の一端を垣間見た気がした。望まない体験ではあるが、記憶に残る出来事にもなっただけに、少しだけ振り返ってみたい。

【画像】手術を体験して感じた本当の信頼関係とは

説明責任と信頼

手術前夜、担当の先生と2人きりで行った面談では病名と手術の概要に加え、以下のような説明がされた。

心臓から出血するリスク、他の複数の臓器への影響、絡み合う血管を傷つける恐れ…。予想される患部が違う場所にある可能性や再手術に関する話もあった。個々のリスクはほぼ1%未満、正確に覚えているわけではないが、数にして10近くにのぼっただろう。患者の理解と納得を事前に得る大事なプロセスであることはわかっていたが、一連の説明を受けた後、私は思わず言葉を発していた。

「患者への説明責任は大事だが、脅しに聞こえてしまう方もいるんじゃないですか」

担当医とはのべ3か月の付き合いで「何でも聞いてほしい」とは言われていたが、かなり失礼な話だったかもしれない。果たして先生の答えは意外なものだった。

「そうなんですよね。どうすればいいと思います?」

想定外の逆質問であった。私からすれば、命を預ける医師が普通の人に戻ったような感覚を覚えた。自分が医師に聞くことはあっても、医師から聞かれたのは初めてだったからだ。
人が行う以上、手術に100%はなく、「もしも」の可能性を伝える必要に異存はない。むしろ当然だ。先生曰く、そうしたリスクを説明することは、患者本人はもとより、家族の安心につながる場合が多いという。

一方で患者が過度な恐怖を覚えたり、委縮する事態も極力避けるべきだろう。実際に患者の私が過剰だと感じたからこそそれを話し、その趣旨を先生も理解したのだと思っている。専門用語を交え、こと細かに書かれた手術や検査の同意書も、「説明」と「責任」が重視される現代社会を象徴するようで、何とも割り切れない思いをしたことを先生には伝えた。

手術の話から少々脱線したやりとりが続いたが、結局先生と私が一致したのは「患者と医師の信頼関係が大事」という至極当たり前のことであった。

いくら検査で大丈夫だと言われても、手術に至る文書の中身が完璧でも、手を下す医師への信頼がなければ患者は自分の身体を委ねることに躊躇してしまうだろう。
先生も適切な処置とは別に、患者との信頼関係の構築に一番心を砕いていると言っていた。
もっともこれは患者と医師に限らず、人間関係全てに言えることだろうし、私自身、先生を信頼するに足る理由を具体的に説明した上で手術に臨んだ。

1/2ページ

最終更新:8/14(水) 18:01
FNN.jpプライムオンライン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事