ここから本文です

8月15日「だからこそ」戦争の記事を出してもいいのではないか。ネットメディアの現場から見えること

8/15(木) 9:58配信

ハフポスト日本版

「8月ジャーナリズム」という言葉がある。8月6日に広島、8月9日に長崎の「原爆の日」、そして8月15日に終戦の日が続き、メディア上でアジア・太平洋戦争に関連する記事や特集が集中するのを揶揄する言葉だ。

「そんなに戦争の記事が大事なら8月以外にも報道したらいい」ーー。私自身も歴史家などから何度か批判されてきた。だが、本当に揶揄されるようなものなのか。私は毎日新聞でキャリアをスタートして、今はハフポスト日本版を含めて様々な媒体で書いている。ネットメディアの現実からは違った印象が見えてくる。

ネットで読まれる戦争記事

「タイミングがあえば戦争関連の記事はネットでは読まれるし、シェアされていく。社会の関心は思われているほど低くはない」と話すと、少なくないメディア関係者からも驚かれる。

彼らの反応からは「インターネットでは、戦争関連の記事は読まれない」という思い込みが透けて見える。「ネットはもっと軽くて、手軽なものばかりが読まれるのだろう」と。

確かにそのような面はあるが、現実はもう少し複雑だ。PV数やシェア数という数字を見ていると8月は、戦争についての記事を読みたいという読者ニーズは意外なほどある。

私が過去に書いた記事でいえば、こんなことがあった。

ナチス時代のドイツにアドルフ・ライヒヴァインという人がいた。と、書いても誰だかわかるという人はほとんどいないだろう。まったくの無名と言っていいナチスに抵抗した教育学者である。

対馬達雄さん(秋田大学名誉教授)が書いた『ヒトラーに抵抗した人々』(中公新書)を読み、ライビヴァインのことを知った私は、対馬さんへの取材やリサーチを元に、評伝や関連する資料を集め、彼の人生をたどる記事を2年前の8月15日に発表した。

はっきり言って誰もが知る有名人ではないし、日本国内の話ですらない。そこまで読まれないだろうと思っていた。書き出しも決してとっつきやすくはない。次のような文章だ。

《1944年10月20日、ベルリンで一人の男が処刑された。アドルフ・ライヒヴァイン、ナチスに最後まで抵抗した教育者である。

逮捕されてから処刑されるまでの3ヶ月半、殴られ、喉を締め付けられ、気を失っては冷水を浴びせられるといった拷問を受けて、ライヒヴァインは声を失った。

そんな過酷な状況下にあって、彼は最後まで人間の良心を貫く。処刑が執行される4日前、娘に最後の言葉を綴っている。

「機会があったら、いつでも人には親切にしなさい。助けたり与えたりする必要のある人びとにそうすることが、人生でいちばん大事なことなのです。

だんだん強くなり、楽しいこともどんどん増えてきて、いっぱい勉強するようになると、それだけ人びとを助けることができるようになるのです。

これから頑張ってね、さようなら。お父さんより」(ウルリヒ・アムルンク『反ナチ・抵抗の教育者』ー以下、『評伝』と略ーより)

ナチスに苦しめられながら、なぜ彼は娘にこんな言葉を残したのだろうか?

ナチス支配下のドイツにあって、自らの良心に従い、人間性を失わずに最後まで生きたライヒヴァインとは何者なのか。

彼の人生と行動を知ることは、どんな暗い時代であっても「少数の人々がともす不確かでちらちらとゆれる」(ハンナ・アーレント)光明があること、その事実を知ることである。》

1/3ページ

最終更新:8/15(木) 9:58
ハフポスト日本版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事