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アメリカの歴史学者から見る「慰安婦問題」 戦争と記憶は過去の問題か?

8/15(木) 15:33配信

ハフポスト日本版

東京有数の繁華街・池袋駅東口から徒歩10分足らずでサンシャイン60にたどり着く。連日、夏休みの家族向けのイベントが開催され、この日も多くの人たちで賑わっていた。道路を挟んだ向かいには、アニメファン、漫画ファン向けのショップが立ち並ぶ。

そのすぐ隣―あるいは向かいにー小さな公園がある。東池袋中央公園という。ビルのせいで日は入り込まず、それなりに木々が生い茂っていることもあり夏はひとときの涼しさを感じる。仕事の合間にタバコをふかす人、水分を補給する人が目立つーー。


この一帯が戦後、GHQに接収され、戦犯を収容する巣鴨プリズンだったことは、今どのぐらいの人の「記憶」の中にあるのだろう。

ここに小さな碑が残されている。かなり古くなり、裏の文字は読みにくくなってはいるが碑だけが、巣鴨プリズンの跡地であることを知らせる唯一の「物」である。

注目すべきは、今はほとんどの人が存在すら忘れている様な小さな石碑でも、設置にあたって訴訟にまでなったという事実だ。

戦争の記憶

歴史と記憶は時には様々な論争を引き起こす。あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」では、慰安婦をイメージした「少女像」をめぐって様々な人の歴史観をもとに激しい論争が起きた。

元慰安婦たちの「記憶」の解釈も様々だ。

複雑な歴史問題を解きほぐすために必要なのは、「自分たちの記憶」だけでなく、「別の立場からの記憶」を知ろうとする力だーー。そう私たちに問いかける、コロンビア大教授で日本近現代史の専門家、キャロル・グラックの『戦争の記憶』(講談社現代新書)は問題をクリアにし、思考する力を鍛えるための一冊と言えるだろう。

戦争の歴史をどう記憶するかは、世界各地で大きな火種となっている。近現代史は過去のものではなく、現在の政治と生々しくリンクする。「表現の不自由展」で起こった一連の出来事も、その一つと位置づけることができるはずだ。

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最終更新:8/15(木) 15:33
ハフポスト日本版

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