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終戦の夜に見た裸電球。「平和ってまぶしいんだ」作家・早乙女勝元の願い

8/15(木) 19:15配信

BuzzFeed Japan

「終戦を迎えた8月15日の夜、初めて電球に覆いをつけずに過ごすことができた。その時、平和って明るいんだ。眩しいんだ、と思ったんですね。今夜から防空壕に入る心配もなく、朝を迎えることができるんだと思うと、体中が震えるほど感動しました」

74年前の今日、13歳で終戦を迎えた男性はそう語る。戦争や平和をテーマにした児童文学を多く書いてきた、作家の早乙女勝元さん(87)だ。

戦争中は空襲の標的になるのを避けるために、常に電球には黒い覆いをつけていたが、終戦の夜はそれをする必要もなく「これが平和なんだ」と思ったという。【冨田すみれ子/ BuzzFeed Japan】

東京都の下町、当時の向島区寺島町(現・墨田区)で東京大空襲に遭い、生き延びた早乙女さんは、今でも戦争の記憶を語り継ぐ。

自身の空襲の経験もあり、2002年に東京大空襲・戦災資料センターを創設し、今でも名誉館長を務める。早乙女さんは戦争を語り継ぐことについてこう語る。

「戦争の体験者もどんどんとこの世を去って行き、将来的には体験者もいなくなる。どう語り継ぎ、この大きな山をどう乗り越えるのかが課題です」

早乙女さんは「知っているなら伝えよう。知らないなら学ぼう」と呼びかけ、若い世代に戦争を伝えるために児童文学や絵本を多く出してきた。

「負けても生き残れることを知らなかった」

早乙女さんが名誉館長を務める東京大空襲・戦災資料センターでは2008年から毎年、夏休みに戦争体験を小・中学生らに語り継ぐイベントを開催している。今年は早乙女さんが、自身の経験を子どもたちに語った。

早乙女さんは、自宅で聞いた玉音放送について「天皇の放送があるというのは、一億玉砕だろうと踏んでいた」という。

「学校では、戦争に勝つか一億玉砕だと教えられていたから、負けても生き残れるということを初めて知った。それは私にとって衝撃でした」

両親は隣組のために外出しており、空き巣に入らないようにと家に残って玉音放送を聞いたという。「生き残れるんだ」という嬉しさと共に、敗戦を迎え「生き残ったのはいいけれど、これから日本はどうなるのだろう?」と不安にも思ったという。

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最終更新:8/15(木) 19:15
BuzzFeed Japan

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