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“台湾ニューシネマ”の異端児チェン・ユーシュン、90年代から現在の台湾映画を語る

8/16(金) 16:00配信

映画.com

 “台湾ニューシネマ”の異端児、チェン・ユーシュン監督の代表作2作のデジタルリストア版が、8月17日から公開される。1995年に発表した長編デビュー作で、誘拐事件に巻き込まれた少年と誘拐犯一家の不思議な交流をユーモラスにつづり、第48回ロカルノ国際映画祭で青豹賞を受賞した「熱帯魚」と、台北を舞台に個性豊かな複数の男女が織り成す不器用な恋愛模様をポップに描いたラブコメディ「ラブゴーゴー」(97)の2作だ。20年ぶりの日本公開を前に、チェン監督が90年代からの自身のフィルモグラフィ、台湾映画の変遷を語った。

--「ラブゴーゴー」日本初公開時(98)のインタビューで、「熱帯魚」について「自分の目で見た台湾を映画にしようとした」と仰っていました。今、監督の目で見た台湾を映画にするとしたら、どのような物語になるでしょうか。

 今の台湾の状況自体がすごく複雑です。この20年でかなりの変化があったし、それは地方も同じです。でもやっぱり、自分が今撮るとしても「熱帯魚」「ラブゴーゴー」みたいな作品になると思います。結局は、台湾人のもつ人情味や可愛らしいところを撮りたいという気持ちは変わりません。

--「熱帯魚」で描かれた学歴社会や格差社会というのは今でもどんどん深刻化しています。そういう意味でチェン監督の映画には先見の明を感じますが、どのように作品のテーマを選ばれているのでしょうか。

 すべて自分の経験したことです。例えば学歴社会についていえば、僕も学生のころいつも試験で失敗して大きな挫折感を味わった。「聯考」(大学受験の共通一次試験のようなもの)での激しい競争とか、こうした教育制度に不信感があったし、そうした思いを全部ぶち込みました。でも実を言えば、現在はもっとひどいですね。試験制度は変わったけど、問題はより複雑になった。皮肉だなあと思うのは、20数年前に当時の受験制度を批判する作品を撮ったつもりだったけど、今の教育制度は昔と比べ物にならないほど厳しくなっていること。今の子供は、昔に比べても本当にしんどいと思います。

--「熱帯魚」で誘拐された少年が連れて行かれた台湾南部、嘉義・東石村のロケーションが素晴らしかったですが、いま、台湾国内で物語の舞台としたい場所はありますか?

 たくさんあります。今回の新作映画はまた東石村で撮りました。ものすごく久しぶりに訪れましたが、あんまり変わっていません。牡蠣をご馳走するところとか、全部まだある。今回もたくさん撮りました。すごく美しいので期待してください(笑)。

 撮りたい場所はいっぱいあって。基隆で警察モノなど撮りたいですね。基隆は、韓国の釜山とロケーションが似ています。坂があって階段があって、韓国の警察モノの映画ってだいたいこんなロケーションでしょう(笑)天気も悪いし。あとは台東もいいですよね。基隆だったら警察モノだけど、台東では何か楽しい映画が撮りたいです。

--監督の作品にはどれも「はみ出し者」(アウトサイダー)へのあたたかい視線を感じます。それについて、特別な意識はありますか?

 特にはないですが、ぼくが幼いころ見ていた映画ってどれも、美男美女で完璧なヒーローやヒロインばかりが出てきていました。でも、世の中の大部分の人生は平凡だったり負け犬だったり挫折をしたりするでしょう。そちらの方により興味があるし、面白いと思ってきました。

--そういった面に、具体的な経験や背景がおありなのでしょうか?

 ぼくが育ったのは、ごくごく普通の家庭です。お金持ちでもないし、かといって貧乏という訳でもない。だけど孤児とか物乞いのひと、身体に障碍のある人をみると、子供心にすごく辛かった。彼らはどうやって生活してるんだろうか、彼らと自分の世界はどうしてこんなにも違うのか、みたいなことをいつも考えてました。実際、小さいころはホントに悲しい話が苦手で、でも同時に自分と違う世界の人々にとても好奇心を持っていました。
--かつて日本公開時のインタビューで「台湾、日本に限らず、今の若者は愛情を信じなくなっていると感じている」と仰っていましたが、それは今も変わりませんか?

 それは、やっぱりたくさんの若者が愛を信じているとは思います。じゃなければ、街にそこまでカップルはあふれていない(笑)。でもやっぱり同じかな、大きな差はないですね。今の僕の年代の目から改めて見ても、昔と同じように愛情への疑いはあるし、でもやっぱりあたたかさが欲しいって望んでしまう。

--「祝宴!シェフ」(2013)まで長編映画製作に長いブランクがあったのはなぜですか?

 あの時は、どんなテーマで映画を撮ればいいかまったくわからなかった。とにかくすべての状況が映画を撮るのに相応しくありませんでした。脚本も好きだと思えるものが書けなかったのです。だからずっと広告を撮っていました。あの頃は僕にとって、まったくの空白期間といっていい。とにかく広告を撮って金を稼ぎまた広告を撮るというような……。書きたいものも、撮りたいものへの情熱も全く持てなかったですね、「祝宴!シェフ」を撮る数年前までは。

--ちょうどその頃(2000年前後)は、台湾映画自体がほとんど撮られていない時期ですね。チェン監督と同世代の映画監督も少なくて、イー・ツーイェン(易智言)監督ぐらいでしょうか。そういう台湾映画界の状況と、チェン監督ご自身の状況がリンクしているように感じます。

 一番の理由は、台湾映画を見る人がいなかったってことですね。マーケットがなかった。どの映画も、興行収入は100万元(約400万円)以下でした。時には、数万元しか売り上げが無い映画とかもあって。そうなると、みんな映画なんて辛くて撮ってられないってなる。何を撮ればみんなに見たいと思ってもらえるかも、わからなかった。

--長編映画の世界に戻ったきっかけは何だったのでしょうか?

 2010年ごろから、台湾映画の興行成績がだんだん上がってきました。「練習曲」(07)やジェイ・チョウの「言えない秘密」(07)「海角7号 君想う、国境の南」(08)などの映画がヒットしたことで、希望が見えてきました。自分でも10年ぐらい広告ばかり撮り続けて、そろそろ映画をやりたいという気持ちが湧きました。じつは「祝宴!シェフ」の前に、武侠モノを撮る企画があったんですよ。日本の「必殺モノ」みたいな。2009年ぐらいだから、「ラブゴーゴー」から10年以上ぶりに書いた脚本でしたが、結構面白い脚本で。ずっと武侠モノはやりたかったんです。

 で、あまり準備しないまま中国に行ってさあ撮影するぞ!という段階になったときに、自分がしようと思っている事がかなり予算をオーバーしてしまうことがわかり、結局撮れずに帰ってきました。撮る気まんまんだったので、とても残念で……。何年もかけたのに何をやってるんだ、と情けない気持ちでした。でも、早くなにかしら撮りたくて急いで別の脚本を書いた。それが「祝宴!シェフ」です。「とにかくさっさと書いて撮っちゃえ!」って感じで作りました。

--最近の台湾映画界について。面白かった作品や、注目している監督がいれば教えてください。

 最近は、ジャンル映画がとても充実してきましたね。ほんと色んなスタイルを持った監督が出てきました。そういう意味では、ちょっと恥ずかしい気持ちにもなります。我々の世代は、ホウ・シャオシェン監督ら芸術性の高いニューシネマ世代と、今のエンタメ性の高い映画を撮る世代の間、またハリウッド映画と日本映画の間に挟まれた、どこか中途半端な世代ですから……。

 でも、最近の映画はあのニューシネマの頃にあった芸術性には欠けています。でもまあそれも、時代だから。予算を沢山使わないといけないということは、それを回収しなくちゃいけない。昔は予算もない代わりに、誰が見なくてもいいからとにかく自分の好きなものを撮ればよかったけど、今はそうはいかない。そうすると、創作上の自由度はやっぱり限られます。二つの方向性があっていい。稼げる監督はそのまま商業映画を撮ればいいし、それに不適格ならば(笑)もういちど昔を振り返って、その頃の撮り方をするというような……。

 「熱帯魚」「ラブゴーゴー」デジタルリストア版は、8月17日から、新宿K's cinemaほかで上映。

最終更新:8/16(金) 16:00
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