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【レポート】Hiroyuki Arakawa自身が語るリリースツアー最終日・オーストラリア公演

8/17(土) 20:04配信

BARKS

2019年、Hiroyuki Arakawaの自身4年ぶりとなるアルバム『Lens』がリリースされ、国内からは石野卓球、砂原良徳、ケンイシイ、Hiroshi Watanabe a.k.a Kaito、Q'Hey、DRUNKEN KONG、海外からはシークレット・シネマ、マーク・ナイト、パコ・オスーナ、フランク・ミュラーといった著名テクノアーティストからフィードバックが寄せられ大きな話題を呼んだことは記憶に新しい。同アルバムは、ディスクユニオンではクラブミュージックウィークリーチャートで4週連続で2位をキープ、アマゾンのダンスミュージックチャートでは49位を記録するなどテクノオンリーのCDながらも、好成績を残している。そのリリースを記念して国内12箇所、海外3箇所で行われたツアーが、連日大きな盛り上がりをみせ、最終日のメルボルン公演にて幕を下ろした。今回は、最終日のメルボルンにあるニュー・ゲルニカで行われたリリースパーティの公演にフォーカスしてArakawa自身の言葉でお届けしよう。

■規制が厳しい日本では考えられない
■照明が一切ない暗黒のテクノ空間

公演最終日は、オーストラリアの広大な大地に位置するメルボルンからのブッキング。ツアーはメルボルンの前に韓国での2箇所(15feetunderとSmak)でも行っていて、新しい出会いと自身が生んだ音楽が伝わる嬉しさを感じている中での渡航。やはり、未知の土地でライブする不安は相当なものだが、期待のほうが大きく、自分の音楽を信じてメルボルンへ飛んだ。

およそ半日かけて、現地に到着。メルボルンには歴史ある建造物が立ち並び、最先端の高層ビルが点在する美しい町並みが印象的だ。昼間にはショップや数多く存在する老舗のカフェに、夜はバーやクラブに人が集まる、おしゃれで社交的な町に居心地の良さを感じた。日本では多く見られる、街中の広告はほとんどみられず、建造物などの趣や、外壁に描かれるライブアートがより引き立っていることから、景観を非常に大切にしているように見える。また、夜の遊びの選択肢は日本では数多く存在しているが、ここでは選択肢は少ないことからクラブに人が流れていることも印象深かった。日本のクラブ離れとは縁がないくらい、町の文化としてクラブシーンが根付いているように感じた。

今回の会場、ニュー・ゲルニカは2002年から歴史がスタートし、これまでに、アームやポール・オークンフォード、トッド・テリエなど数多くのハウス/テクノの著名アーティストを招聘している。2フロア合計でキャパが500名ほどの適度なサイズ感かつ、出音も申し分がないクオリティ。深夜はクラブ営業で、そのほかの時間はバーやレストランとして営業している。そして、私のメルボルンでのリリースツアーを企画してくれた<Tokyo Love Hotel>という日本人が主催するパーティは2016年から下積みを経て、2018年から本格的に活動。現在は日本のアーティストを現地で広めることをコンセプトに毎回盛り上がっているようだ。現地に到着するまでは、初対面だがレジデントDJのKazuma Onishiとは長いことチャットでやりとりをしていたし、さらにこのパーティは、日本でもともと住んでいたDELTAZIAや、SPECTRAからDAN CLOWLEYも出演が決まっていたり、フェイスブックから現地のDJ達が自分のリリパのサポートをしてくれているのを知っているので、安心できる環境であった。

会場に到着したらすぐに、大きなポスターが貼られていたり、エントランスのスタッフの人たちが「楽しみにしてる」と歓迎され、とても嬉しかったのと同時に、『LENS』のリリースをきっかけに異国の地で自分のことを期待してくれている人がいることに、早々に音楽を続けてよかったと感じた。会場内は、メインフロアは入り口側にバーカウンターとラウンジ、奥にダンスフロアとなっていて、縦長のつくりになっている。さらに、ダンスフロアだけにサウンドシステムが組まれていて、ラウンジでの会話を邪魔せず、ダンスフロアは音楽に集中できる構造になっていた。セカンドフロアは今回だけ、照明が一切ない暗黒の空間でテクノを楽しむ企画となっていて、規制が厳しい日本では考えられない内容だ。

セットアップを終えて、いよいよ22:00に会場がオープン。早い時間から多くの来場者で賑わいながらも、人の入れ替わりが激しい様子が伺えた。しかし徐々にフロアに滞留してきたのも24:00くらいですでに会場内は込み合っていてあちこちから歓声が沸いていた。早い時間からも、BPMが130近いようなハードグルーヴでフロアが熱気を帯びているところを見ると、徐々に自身のライブが届くかどうか不安にもなってきた。常に、自分の出番前の人の流れでうまくハマるかどうか、ある程度は予想できるが今回は予想が難しい。自分の時間の前にはDAN CLOWLEYがプレイしており、オープンからそのままのハードグルーヴをキープして、フロアのお客を引かせなかった。

■国を超えて日本人が作ったテクノを楽しんでくれている
■オーディエンスの表情が見えたこの瞬間

いよいよ自分のプレイがスタート。LennarDigital Sylenth1を弾き、徐々にドラムを入れ始めると、すぐに多くのお客が思い思いに手を上げたり踊りはじめた。期待して待ってくれていた人が多かったことが伝わってきて、最初の1発目のキックがなった瞬間に歓声が上がり、一気にリラックスしてプレイすることができた。最近作ったばかりのミニマルな音源を中心に前半を作っていく。先ほどのDJからのハードグルーヴから一気に流れが変わった瞬間。空間の奥行きがワイドなトラックが瞬時にニュー・ゲルニカをジャックしていく。手元がオーディエンスから見られない位置に、DJブースがあるため、お客からは何をやっているかわからないので、あえて大げさに機材を操作したり、キーボードをたくさん弾いたり、各パラアウトの音量をあえて不揃いにしたり、わかってもらえるようなパフォーマンスを絶え間なく行った。途中で人の流れをみながら、ライブの方向性を修正しつつも後半にはアルバムからの楽曲、また過去作品を怒涛のようにいれ込んでいく。国を超えて日本人が作ったテクノを楽しんでくれているオーディエンスの表情がみえたこの瞬間こそが、毎回の公演をライブで勝負していくことの楽しみである。

パーティはおよそ400人を超える来場者で賑わい、心から感謝しつつ、<LENSリリースツアー>最終公演が幕を閉じた。パーティ終了後、Kazuma Onishiからメルボルンで主催している<Tokyo Love Hotel>の話を訊いた。

<Tokyo Love Hotel>

メルボルンに住んでから、イベントをやることは難しいことだったが、下積みを重ねてようやく2年が経過する。今回のARAKAWAのような日本人アーティストをフィーチャーするようなイベントどころか、クラブ自体にアジア人がいない……そんな状況を変えたくて始めた。しかし、人の動員はイベントの認知度に大きく左右され、新参のイベントにお客を定着させることは困難だった。その反面、よいアウトプットを出せば、結果はついてくるので当然、良質の音楽にはプロパーも当たり前についてくる。その点は日本のローカルパーティとは異なる部分で、音楽のクオリティは動員に直結する。DJのプレイについて毎回、クルー達と反省会するのは当たり前で、その積み重ねが<Tokyo Love Hotel>が良い印象で認知されることに繋がっていった。ちなみに<Tokyo Love Hotel>という名前はキャッチーかつ日本人がやっているというわかりやすさからだ。──Kazuma Onishi

近いうちに、日本でTokyo Love Hotelのツアーを計画していきたいといっており、彼らのような熱い情熱と、特別な経験値をもつチームは日本でも広まっていってほしいと強く思う。根本的なパーティのクオリティ。それこそが、パーティの原点であり、決して簡単ではない日本の集客状況の中でも大切にする部分。信じ続けることが日本のパーティシーンの明日を作ることにも繋がっていくと再認識した。

最終更新:8/17(土) 20:04
BARKS

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