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【特集】現代に復活した「紫電改」 その機体が語りかける “光”と“影”の記憶

8/17(土) 11:03配信

関西テレビ

終戦から74年。
戦争を経験した人たちが年々減るなか、兵庫県にある復元された戦闘機が注目されています。
アメリカ軍にも恐れられた「紫電改」。
その光と影を伝える人々の想いです。

兵庫県加西市にある「紫電改」の実物大模型

兵庫県加西市。
のどかな田園風景が広がるこの街の一角に、厳しい暑さにもかかわらず多くの人が訪れる場所があります。

太平洋戦争中、日本海軍の“切り札”としてアメリカからも恐れられていた最新鋭の戦闘機「紫電改」の実物大模型。

公開されているのは、加西市のほぼ中央にある「鶉野飛行場」の跡地です。

【鶉野平和祈念の碑苑保存会・上谷昭夫さん】
「皆さん、この飛行機がなんで加西市にあるのか、ご存知ですか?戦争が終わるまでの間、この鶉野ではこの飛行機をどんどん作った。全部で46機作られたんです」

「紫電改」の歴史を伝える、上谷昭夫さん・80歳。
「鶉野飛行場」の跡地を“戦争遺跡”として残そうと活動を続けるなか、紫電改の復元にも深く携わりました。

【鶉野平和祈念の碑苑保存会・上谷昭夫さん】
「夏休みに入ったので、子ども連れ、親子で来る人もいる。また飛行機の勉強をする、という人たちも来ている。180人の方がこの飛行機によって戦死した。命の重み、そういう犠牲も戦争であるんやと。そういうことを知ってもらって…」

今年6月に公開されて以降、見学に訪れた人は1万人にものぼります。

【見学に来た人】
「初めて見ました。昔のことを色々知れたのでよかった」

【見学に来た人】
「子どもたちには、戦争のない日本、いまの日本がありがたい、ということもわかって欲しいし、過去にこういうことがあった、という事実も知って欲しいので、いい勉強になったなと」

【見学に来た人】
「忘れかけているじゃないですか。(戦争を)知らないし。親から聞いた話くらいしか。それを思い出して…」

戦時中に起こった知られざる「事故」

終戦の日を前にしたこの日、上谷さんのもとを1人の男性が訪れました。

【吉岡文麿さん】
「立派な模型が出来ているが、本心はこういう飛行機が必要でない世の中が出来ればうれしい」

82歳の吉岡文麿さん。
戦時中、紫電改が関係したある“事故”で、九死に一生を得ました。

事故の現場は、鶉野飛行場から少し離れた、当時国鉄が走っていた場所です。

【吉岡文麿さん(82)】
「うとうとしながら列車に乗っていたが、ふと目をあげると、右手に、瀬戸内の方から飛行機が飛んできた。列車のほうに向かって飛んできたので『あ、当たる!』と思った。瞬間的に」

1945年3月31日、試験飛行を終えた「紫電改」が、この場所に不時着。
その時、レールが変形し直後に通過した列車が転覆したのです。

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最終更新:8/17(土) 17:12
関西テレビ

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