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元サッカー米国代表ホープ・ソロ、スポーツ界の性差別解消に挑み続ける

8/17(土) 22:30配信

ELLE ONLINE

物議を醸す女性アスリートとして世間が注目する元サッカー女子米国代表ゴールキーパー、ホープ・ソロ。男女平等の権利と賃金を目指す彼女の戦いは続く。エル・ジャポン9月号より。

”他人に言動を指図されるのは 嫌いなの。黙っていられないことには 臆せず声を上げるわ”

境遇をバネに身につけた おもねらない強さを武器に

代表チームでの17年間で、最優秀女性ゴールキーパーの地位にのぼりつめたソロ。2017年に世界で最も有名なアスリート100人に選ばれると、米国のスポーツ専門チャンネルESPNは「ソロは愛と憎しみの両極端な感情を刺激する」と報じた。自分でも認めるほど彼女の言動は正直で白黒はっきりとした意見を持ち、他者とぶつかることもいとわない性格の持ち主なのだ。

ワシントンのリッチランドで生まれ育ったソロは、6歳のときに両親が離婚し、家庭環境は決して恵まれたものではなかった。経済的にも厳しかったが、プロサッカー選手になるという一心で、彼女は近隣住民や家族の友人、コーチらに寄付を募りながらサッカーを続けた。シアトルのワシントン大学でゴールキーパーへと転身し、2000年、代表チーム入りを果たしたのだ。チームの言動を抑制する慣習になじめなかったソロは、「みんなとベストフレンドになる必要はないわ。人に指図されるのは嫌いなの。もし従っていたら人生失敗したと思っていたはず」と自叙伝で振り返っている。

中国女子ワールドカップ(W杯)を目前に控えた2007年夏、良好な関係を続けていた父親が急逝。準決勝のブラジル戦で監督は突然ソロを控えにし、ベテランのブリアナ・スカリーを先発させた。試合は4対0でアメリカの敗北。「あれは間違った判断よ。私なら絶対に止められたわ」とソロは声を震わせ「誰かを批判しているわけじゃないの。自分を信じているだけ」と訴えた。しかし、チームメイトからは常軌を逸しているとみなされ、チーム離脱を余儀なくされた。以来、彼女への評価は賛否の両極にあった。

しかし、2011年ドイツ女子W杯で銀メダルを獲得すると、ダンス番組への出演や雑誌の表紙をヌードで飾るなど一躍時の人に。それだけには留まらず、2012年には結婚式の前夜にスティーブンスがソロへのDVで逮捕されるなど、ゴシップへとエスカレート。その数時間後、ふたりは無事に結婚したが、彼女へのパブリックイメージは変わらず、2年後にはソロが義理の妹と甥へのDVで逮捕(最終的に告訴は取り下げられた)と、つねに過激な話題がついて回った。そんな逆境も物ともせず、2015年カナダ女子W杯では見事優勝。そして、2016年のリオオリンピックでの騒動である。準々決勝でアメリカがスウェーデンに敗れると、ソロはスウェーデンチームを“臆病者の集まり”と揶揄した。相手の守備的なプレースタイルを表現したと説明するもSNS上で大炎上し、米国サッカー連盟(USSF)は彼女を6カ月の出場停止処分、その後契約を解消。事実上の引退だった。

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最終更新:8/17(土) 22:30
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