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20年前の東京で味わった「大失恋」。彼女との思い出に苦しんだ僕が、なんとかサバイブできた理由を明かす

8/18(日) 21:30配信

アーバン ライフ メトロ

大失恋後に現れた、多くの恋愛「地縛霊」

 真夏の東京は、最初の「大失恋」をいつも思い出させます。かれこれもう20年前です。

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 毎年楽しみだった花火大会に行かなくなったことは、今思うと別れの小さな前兆だった気がします。「夏休み、どこに行こうか?」のメッセージも既読スルー(当時はそんな言葉はありませんでしたが)されたままで、じわりじわりと夏に蒸し殺されるような形で大失恋が確定しました。

 人生で初めての彼女、学生時代から4年の交際を経ての大失恋。真夏の東京で大きな喪失感に襲われた僕は、一体どのようにその後の残暑を乗り切ったのか、記憶が定かではありません。

 酒で気分を紛らわせようといつもの繁華街に行けば、「この店で一緒に食事したな」と思い出し、仕事に集中しようと自宅と勤務地の往復だけにふけると、駅の改札を通るだけで「ここでよく待ち合わせをしたな」となり、東京の街にはたくさんの思い出の「地縛霊」が存在していることが明らかになりました。

「いかんいかん。このままでは日々陰鬱な気分になり、せっかくの20代TOKYOライフが幻に消えてしまう。思い出の地縛霊がいない『新しいスポット』に身を置かなくては」

 当時、テレビドラマで大失恋した女性が長い髪をバッサリと切ってベリーショートにしていたのを観ました。僕もここ東京で何かを「バッサリ」切って、大きく変化する必要がありました。

「西新宿」から「お台場」に勤務地を移す

 まだ社会人2年目のペーペーでこれから仕事を覚えていくステージでしたが、思い切って会社(仕事)を「バッサリ」と変えました。勤務地は「西新宿」から「お台場」に。当時の「お台場」は開発途上の更地状態で、東京を感じさせない街でした。慣れない新環境は失恋に浸る余裕を脳に与えずに、精神的ダメージを和らげる効果がありました。

 開発途上の「お台場」という地は20年前の平成における事例ですが、令和の現代で例えるとどこになるでしょうか。

「東京勤務20年おじさん」の完全なる私見ですが、令和元年現在だと「田町・芝浦近辺」が近しいような気がしています。当時、新宿副都心の内陸地勤務であった僕にとって、お台場は「海」を感じることが出来たことも癒しのひとつでした。ゆりかもめでレインボーブリッジを渡っている時の車窓から見える濃紺な東京湾は、大失恋ダメージを少しずつ和らげる視覚効果があったような気がします。

 僕が今20代で大失恋をしたならば、田町の再開発高層ビルに入居するような会社に転職して、ビルから見える濃紺な東京湾や遠くの海岸線に癒しを求めたかもしれません(うーん、但し内定が採れない気がしますが……)。

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最終更新:8/18(日) 22:22
アーバン ライフ メトロ

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